――場所は美術室。
 私は昼休みの時間を使って大地を呼び出した。その理由は先日矢島さんと二人きりでカフェにいた件について話し合いたかったから。


「どうしてここ数日電話にも出てくれないの? しかも、私がさっき廊下で呼び止めてからやっと話す気になってくれたじゃない」

「矢島とは大事な話があったからカフェに行ったって言ってんのに、お前が何度もしつこく問い詰めてくるからだろ。ここ数日、同じ質問ばかりでうんざりなんだよ」

「……そ、それは悪かったけど。ねぇ、矢島さんとはどーゆー関係なの? 私を差し置いて二人きりでカフェに行くなんて信じられない」

「なに、俺は友達とお茶しちゃいけないっていうの?」

「相手はあの矢島さんだよ? 朝陽と付き合ってるし、友達と言っても相手は女なんだから限度があるでしょ。私と付き合ってることを公にしたくないのはわかるけど、ちょっとはこっちの気持ちも考えて欲しいの」


 ――ここ数日間は自分のことで頭がいっぱいだった。
 大地の件に加えて、元彼の朝陽の件まで。
 しかも、矢島さんに直接警告したにもかかわらず、私の気持ちを無視して大地とカフェに行くなんて許せなかった。
 その上、大地もまともに取り合おうとしてくれないし。

 私は理性が失いそうなくらい感情を爆発させながら大地を責め続けた。もう嫉妬という言葉だけでは片付けられないほど、全身が不安の膜に覆われている。
 すると、大地の目は冷めた色に変わった。


「あー……そう。じゃあ、もうこの関係終わりにしようか」


 彼は私の気持ちを汲み取るどころか、いっときの迷いもなく終わりを告げた。
 一瞬我が耳を疑った。何故なら、つい先日までは情熱的に愛を伝え続けていてくれたから。

 この関係を終わりにする……?
 それは、私と大地が別れるって意味なの?


「……急に何言ってんの? 意味がわからない」

「ごめん。俺、束縛とかそーゆー固苦しい恋愛、無理」

「なに……それ……。彼女持ちの男が他の女と一緒にお茶してたら誰だって怒るのは当たり前でしょ。それだけで固苦しい扱いにするのは間違ってる。矢島さんとお茶するくらいなら彼女の私とお茶するのが当たり前じゃないの?」


 今日まで我慢し続けていたけど、一番の不満はそこ。
 矢島さんと堂々と二人で外を歩くくせに、私とは1ヶ月半以上もコソコソ会う関係。どっちが本命かわからない扱いにここ数日間頭を悩ませていた。

 ――しかし、次の瞬間。


「何言ってんの? 俺達は付き合ってないよ」


 大地と恋人と思い込んでいた私に驚くべき言葉が吐き出された。
 一瞬、信じられないあまりこれは夢かと思った。でも、何度瞬きをしても目の前には大地がいるし、爪を食い込ませている拳は痛みを増している。だから、これは現実なんだと受け入れるしかない。


「えっ…………。だって……大地も私のことが好きって言ってたじゃない……」

「俺は付き合おうなんてひとことも言ってないし、お前からも言われてない」

「でも、恋人みたいな関係を続けてたから言わなくてもわか……」
「俺が好きなタイプは、自分を責めてくるような人じゃないし、信じない人でもない。気持ちを理解してくれる人だから」

「わかった。じゃあ、これからは改善するから。大地の気持ちを一番に理解するし、責めたりなんて……」
「最近気付いたんだけどさ、どうやら純粋な子が好きみたい。だから、ごめんね」


 どんなに軌道修正しても、言葉を被せてくる彼。まるで以前から心が決まっていたかのように。


「ごめんって意味がわかんない……。それに、急に純粋な子が好きだと言われてもどうしたらいいか……」
「話は終わったから、そろそろ行くわ。飯食わなきゃいけないし」

「大地!!」


 彼はまるで耳に蓋をしてしまったかのように背中を向けて美術室の扉を開けて出て行った。
 その背中は、これ以上反論しても無意味だと思わせるくらい。

 別れるどころか、付き合っていないなんて気持ちがついていけない。
 話し合いをする時は、いまの自分を想像してないし、こんな結果になるなら矢島さんの話は伏せておくべきだった。
 私は、自分が正解だったのか不正解だったのかさえわからぬままその場に佇んでいた。