「――ル。メリル」

 揺り起こされたメリルは、片方の瞼を閉じて、目で擦ろうとした。

「赤くなる。やめた方が良い」

 すると優しく手首を掴まれた。その温度もまた優しい。

「私、寝ちゃった」
「疲れていたんだろう――……日中は大変だったからな」

 微苦笑したギルベルトを見ると、キュンとメリルの胸が高鳴った。

「ううん。ギルベルトが助けてくれたから平気」

 笑顔でメリルが言うと、同じように笑顔になったギルベルトが、たき火の方を見た。

「シチューを作ったんだ。口に合うかは分からないが」
「凄くお腹減ってるの!」

 嬉しくなってメリルは、満面の笑みを浮かべた。
 それから場所を移動して、器にギルベルトが取り分けてくれたシチューを食す。
 二人で食べるシチューは、心が安まる味だった。

 何気なくメリルは天を仰ぐ。そこには、満天の星空が広がっている。ずっと夜は家に居たから、初めて見る風景だ。それを、ギルベルトと共有出来るのが、なによりも嬉しい。

「ねぇ、ギルベルト。星がとっても綺麗だよ」
「ああ、そうだな。星の川のように散らばっているな」
「お月様も綺麗!」
「うん。月には兎が住んでいると言うな。古い伝承で」
「え、そうなの?」
「模様が兎に見えるそうだ」

 ギルベルトは博識だなと思いながら、メリルは会話を楽しんだ。

 シチューを食べ終えた後は、二人で洞窟に入った。
 それぞれ毛布にくるまる。

 さきほどまであんなに寝入ってしまったから、眠れないかと思ったが、メリルはすぐに睡魔に飲まれた。


 翌日は街道に出た。
 その道を進むと、次第に坂道となり、山を登ることとなった。
 次第に寒くなっていき、頂上に着く頃には、毛布を外套代わりにしていた。
 そして頂上の小屋で一泊してから、今度は下る。

 登る時も、下る時も、何度か野宿をした。その度に、ギルベルトが料理を作ってくれた。それらは、いつも本当に優しい味だった。きっと、ギルベルトが優しいからだろう。

 そうして山を下りきろうとした時だった。

 不意に周囲に、金色の鱗粉が舞い始めた。

「っ?」

 メリルが困惑した時、ギルベルトがメリルの体を抱き寄せた。
 ハッとして、メリルはギルベルトを見る。ギルベルトは険しい眼差しで、正面に居る巨大な金色の蝶を見ていた。少し透けているその蝶は、羽をゆらす度に鱗粉を放っている。

「メリル、この鱗粉は毒の粉だから、なるべく吸わないように」

 そう述べると、ギルベルトは片マントの中にメリルを入れた。
 ――そんな場合で無いのは分かっているのだが、メリルはあまりにもの距離の近さに、どんどん顔が熱くなっていくのを感じた。ギルベルトの厚い胸板の感触に、ドキドキしてしまう。

 その時、ギルベルトが、メリルを抱き寄せている腕とは逆の手で、剣帯のポケットから小瓶を取りだした。そして片手で器用に蓋を開けると、中に入っていた液体を、蝶に向かっていささか乱暴にかける。すると、妖精が地に落ち、黒い靄となって消え去った。

「ギルベルト、それは?」
「これは、星屑水と呼ばれる創造神の力が宿る特別な水なんだ。万が一を考えて、で精霊対策のために持参していたんだ。役に立ってよかった」

 ギルベルトはそう述べると、腕からメリルを解放し、続く道を見る。

「また襲ってくるかもしれない。見通しがいい街道に出てしまおう。それとメリル」
「なに?」
「鱗粉を吸い込んだ可能性があるから、念のため解毒作用のある薬を飲んで欲しい」

 そう言うとギルベルトが別の小瓶を二つ取り出した。一つをメリルに渡し、もう一つは自分で飲み干す。それを見て、メリルもまた一気に飲んだ。

 こうして二人は、街道に出てその道を進み、次の街――星都ヒンメルに到着した。

 星都ヒンメルにて、二人はまず、宿を取った。
 梟の瞳の見方を覚えていたメリルが、率先して見つけ、誇らしげに笑う。

「どう? 私も少しは、旅に慣れてきたでしょう?」
「ああ、そうだな。心強い」

 温かい表情を向けたギルベルトに、満足してメリルは大きく頷いた。
 まだ昼過ぎだが、二人はその足で宿へと向かう。

 空き部屋は一つきりとの事で、正直メリルはふかふかのベッドで眠れるならなんでもいいと考えていた。しかしギルベルトが一瞬戸惑った顔をした。

「どうしたの?」
「寝台が一つしか無いらしい。二人用だから大きいそうだが」
「……いいんじゃない? 眠い。なんでもいいよ」
「そ、そうか。メリルが気にしないのなら、僕も構わない」

 こうして二人は部屋に入った。
 もう長いこと、きちんと寝ていなかったから、メリルはベッドに飛び込んだ。

「夕食まで寝るね」
「僕も休ませてもらう」

 常に余裕があるように見えるギルベルトであっても、旅はやはり疲れるのだろうと思いながら、メリルは意識を手放すように寝入った。

 ――次にメリルが目を開けた時、何か温かい感覚があった。
 なんだろうか、この心地よさは、と、横を向いて、メリルは目を見開いた。
 ギルベルトに腕枕されていると気がついたからだ。しかも抱きしめるようにされている。瞬時にメリルは真っ赤になった。沸騰したように頬が熱い。

 だが深い眠りについている様子のギルベルトを起こすのは忍びないし、多分抱き枕と間違えているのだろうと悟り、起こさないようにと、メリルはそのまま動かないでいた。

 時が長く感じる。
 三十分ほどだろうか、時が経過し、時計が夕食の時刻を告げた。

「んっ」

 するとその音で、ギルベルトが薄らと目を開けた。そしてチラリとメリルを見て股瞼を閉じた後、勢いよく再度開いて、呆然とした顔をした。

「わ、わるい」
「い、いいの」
「その……いや、な……なんでもない」

 ギルベルトはそう言って手を離し、距離を取る。
 その顔は、非常にばつが悪そうな顔だった。

 それから二人は着替え、夕食が提供される三階の食堂へと向かった。
 窓から夜景が見える。
 ちらりとそちらを見ていると、本日もギルベルトが『適当』に頼んだという料理が運ばれてきた。

「わぁ……すごい! 色々ある!」

 届いたのはプレートだった。

「この場所は様々な都市などの食材が集まるから、色々な料理が食べられるんだ。このプレートには、五つの都市の名物料理がのっている」
「そうなのね、すごい!」

 こうして二人は食べ始めた。
 中でも葉喰牛のハンバーグが、メリルはお気に入りになった。こんなに美味な食べ物を、人生で食べた記憶が無い。頬張っていると、くすりとギルベルトが笑った。

「メリルは本当に美味しそうに食べるな」
「っく」

 なんとなく気恥ずかしくなりながら、咀嚼しメリルは飲み込んだ。

「この星都は、錬金術が盛んな都で、星屑水なども生産されているんだ。同時に、様々な都市への中継地点でもある。だから食材も集まる」

 ギルベルトはそう述べると、上品に料理を食べた。それを見ながら、メリルは残っている料理を平らげた。


 ――部屋に戻り、メリルは入浴した。そして戻ると、ギルベルトは何やら手紙を書いていた。チラリとメリルが宛名を見ると、キースと書いてある。

「僕も入ってくる」

 ギルベルトは手紙を鞄にしまうと、浴室へと消えた。

 なおその後の就寝時、今度はメリルは壁の方を向き、ギルベルトは逆側を向いて眠った。だが翌朝も、ギルベルトに抱きしめるように腕枕されており、メリルはドキドキしてしまったのだったりする。ギルベルトは、やはり決まりが悪そうな表情をしていた。

 その後、ギルベルトは宿の受付で、手紙を出して欲しいと告げていた。
 宿屋の受付は、大体手紙を出してくれる。

 こうして、一泊だけではあったが、滞在し、二人はこの都市を旅立った。