寝入った様子のメリルを一瞥してから、ギルベルトはもうすぐ出来上がるキノコのシチューを見ていた。鍋の中で、コトコトと音がする。白い水面を眺めながら、ゆっくりと瞬きをした。

 ――実を言えば、ギルベルトはとっくにメリルの気持ちに気づいていた。
 扉に入り、出てくる度に、メリルの瞳が熱っぽくなっていく事に、すぐに気づいた。同じような視線を、何度も過去に向けられてきたので、それが恋愛感情だとすぐに悟った。

 だが、別段ギルベルトは、メリルを好きではない。愛してはいない。

 けれど。
 彼女のその気持ちを、利用している。
 最初に利用したのは、秘宝を持ち出すためだ。彼女に触れ、彼女に自分をさらに意識させ、言いくるめて秘宝を持ち出す事に成功した。

 その後もずっと、優しさの演出を続けている。
 王都までは、なんとしても秘宝を運ばなければならない。そのためには、嫌だと帰るとそう言われるわけにはいかないからだ。

 理由は分からないが、メリル――扉の番人の一族でなければ、秘宝は運べない。
 触れることが、出来ないからだ。
 扉の向こうに広がっていた、王家の宝物庫が、この実世界においてどこに存在するのかは不明だが、あの扉からでなければ、到達不可能だという文章が、王宮には伝わっている。

 鍋を火から下ろして、ギルベルトは思案する。

 精霊がいきなり襲いかかってきた理由として、心当たりがあるのは、秘宝かメリル自身、あるいはその両方だ。ギルベルトが単独の際は、襲われたことが一度もない。

「やはり、精霊王にとって、この秘宝は都合が悪いのだろうな」

 ぽつりと零してから、ハッとしてメリルを見れば、すやすやと寝息を立てていたので、ギルベルトは安心した。

 無事に扉から帰還できたため、出す必要が無かった手紙について思い出す。
 あれは両親にあてた手紙で、もし己に何かあったら、弟に任せて欲しいと言うないようだった。ギルベルトの出自は、それ相応のものであり、本来であれば、扉の中に入るというような、危険な任務を自らおかすというのは、ありえない。周囲も止めようとした。

 だがギルベルトは、制止を振り切り、単独で旅をし、そして扉にたどり着いた。
 そこでメリルと出会った。

「……彼女を、危機にさらしている。僕が、連れてきたのだからな」

 その点が、棘のように胸に突き刺さる。取れない棘だ。
 彼女の身に危険が迫った現実があるのに、それでも秘宝を王宮に持ち帰らなければという考えが消えることは無い。

 彼女の気持ちを利用し、彼女の身を危険にさらし、それでも。

「なんとしても、持ち帰る」

 それが、ギルベルトの決意だった。