「お兄様! 私もう、心が折れそうだわ!」

 ――土曜日が訪れた。
 涙ぐみながら、私はお兄様に抱きついた。

「どうしたんだい?」
「ロイドが酷いのよ!」

 目元を指で拭いつつ、私はこの一週間のことを思い出した。
 始まりは月曜日、この温室に来ていたロイドに、今だと思って話しかけようと手を伸ばしたのに無視された。その日も散々、私はお兄様に愚痴ったけれど、お兄様に直接聞くようにと言われてから、毎日毎日ロイドを探して、見つけては話しかけようとしていたのに、無視される毎日で、温室ではそれが露骨すぎたから、私はあの日もボロボロ泣いた。泣きすぎて怒りがわいてきて、ミルクティを五杯も飲んでしまった。

 本当に騎士団の任務が忙しかった可能性もある。
 そう思って、また火曜日も廊下でロイドを、出待ちした。もう既に、ロイドが取っている講義は把握済みだ。私には沢山お友達が出来たので、みんなが教えてくれた。私はみんなに『片想い中なの!』と宣言している。みんな私を応援してくれている様子だ。多分。

 というのは、ロイドが意外と人気者だったのである。
 男子達には、憧れの騎士だと囁かれている。実力派で文武両道で、ああいう風になりたいと言っている人が多かった。女子もそれは同じだが、そこに加えて艶やかな黒髪や、凛とした翡翠色の瞳が格好いいという私と同じ意見が混じっている。あとよくわからないが、ロイドは掃除が得意だから、とても助かっていると私に教えてくれた騎士科の先輩もいた。ロイドの時間割は、その先輩に教わった。

 だが、火曜日もロイドは、教室から出てきたのに、私とは目も合わせてくれず、というより思いっきり目を合わせないように視線を下げて、立ち去った。顎を動かし下を見て、険しい顔で、スタスタと。水曜日もそれは同じだった。木曜日なんて、朝と夕の二度。昨日、金曜日なんて、五回も声をかけに行ったのに、全部無視された。

「――酷いと思わない?」
「そ、そうだねぇ。メリッサは、これからどうするんだい? 諦めるのかな?」
「嫌よ! 私はロイドが好きなのですもの!」
「ふむ。だが、彼は随分と身分を気にしているようだったよ」
「身分……?」

 お兄様の言葉に顔を上げて、私は小首を傾げた。

「私は気にしないわ。ロイドのところになら、どこにだってお嫁さんに行くわ!」
「それは難しいと、私も思うんだよね」
「え? お兄様まで反対なさるの!?」

 絶対的な味方だと信じていたお兄様の言葉に、私は唖然として唇を震わせた。

「ロイドの家――ファーベル男爵家は、今とても苦しいんだ。とても王女である君を迎える資金は用意できない。降嫁するにあたっては、それなりの準備がいるからね」
「……、……で、でも……私、その……そんなの! 関係ないわ!」
「君になくても、ロイドにはあるようだね」
「っ……」
「今、ロイドが何をしているか知ってる?」
「え?」
「離れの広間で、お見合いをするために相手を待っているところだよ」
「え!?」
「そろそろついたんじゃないかな?」
「大変!! 止めなくちゃ!! ロイドが私以外と結婚してしまうなんて、そんなのはダメよ! 絶対にダメ!!」

 私が思わず声を上げると、微笑してお兄様が頷いた。

「うん。そうだね。メリッサは、ロイドの事が好きなんだものね?」
「ええ!」
「――そして、ロイドもまた、君を好きな様子だ」
「そうなの!? 最近そういった様子は微塵も無いから、これからじっくり頑張る予定だったのだけれど!?」
「うん、それもまた本人に聞くといいよ。さて、ここで問題となっているのは、身分だ。そしてそれをロイドが気にしているという点。同時に、現実的にファーベル男爵家が困窮しているという事実だ」
「ええ……だ、だからといって――」
「そこで」

 お兄様は私の声にかぶせるように言った。

「メリッサがロイドを婿に迎えればいいんだよ」
「――え?」
「君がお嫁さんに行くのではなく、ロイドにお婿さんに来てもらえば解決だ。貴族同士であるから、伯爵家以下の貴族の例は全くないけど一応彼だって男爵家の人間だから法的に問題は無いし、王族の女性が婿を取った場合、その者もまた王族になるという決まりがあるし、婿入りに際しては、基本的に持参金なども無い。名案だとは思わないかい?」
「お兄様はやっぱり最高だわ!」
「今まさに、ロイドがバーグルッド商会のナーラ嬢に婿入りするという話を聞いて、ふと思いついてね」
「お兄様愛してる、好き、天才! これで全てが解決ね! ロイドを止めに行かないと!」

 私は満面の笑みを浮かべた。ルイスお兄様は悠然と微笑んでいる。

「私もね、ロイドの事は以前からかっていたんだ。なにせ彼は、僕の靴箱をいつも綺麗に掃除してくれるものだからね。最近では、メリッサの靴箱も綺麗にしてくれていると、騎士団長から聞いたよ」
「え? お掃除係なの?」
「ある意味ね。それに――騎士団長は嘆いていた。若い才能を、実力に嫉妬した一部の心ない者が使い潰そうとしていると。それは国のためにはあってはならないことだ。メリッサ、さぁロイドを取り返しに行くといい。ナーラ嬢には、私が適切な男性を紹介しておくこととしよう。私は後からゆっくり行くよ」
「分かったわ! 行ってまいります!」

 こうして、私は慌てて温室を走り出て、玄関へと向かい、校庭を突っ切って、離れにある四角い建物まで向かった。