こうして第二試験当日が訪れた。今回の課題は、『一気飲み』だった。私はすぐに、魔法空間に、浮遊魔術を駆使し、具現化魔法で出現させたコップで、目の前の水槽の水を掬って放り込むのだと気がついた。私より先に、やはり巨大な魔法空間に吸い込ませている受験者がいたけれど、私はぶっちぎりの二位で合格した。
「やったわ!! ありがとう! ロイドのおかげ!!」
そして公園へと行き、立ち上がってこちらへやってきたロイドに、思わず抱きついた。
慌てたように、飛びついた私を両腕で抱き留めたロイドは、顔を背けてぼそりと言った。
「あのな……愛する相手がいるのだろう? たとえ意味が無いとしても、異性に抱きつくのはどうかと思うぞ」
「え? どうして?」
「どうしてって……」
「あの人は怒ったりしないわ! それに私が好きな人に抱きついても、何も悪くないわ!」
「好き、か。メリッサ、そういう事をいうと、勘違いする者が出てくるから、慎め」
そう言って私を離すと、ロイドは気を取り直したように微笑してから、私の頭を撫でた。
「よくやったな」
「ええ」
誇らしくなって、私は笑顔で頷いた。
――最後の試験内容は、全くの不明である。
だから対策のしようがないのだが、私はふとした時にロイドの事を思い出してしまい、結局毎日公園へと出向いた。既に季節は冬にさしかかりつつある。
ロイドもまた、ほぼ毎日顔を出してくれた。
逆にたまに来ない日は、何かあったのかなと心配になってしまうほどだ。
「今日は来るかしら?」
昨日は来なかったので、私はベンチに座り、ずっと入り口の方を見ていた。すると、いつも来る夕方の時間帯に、ロイドが姿を現した。
「ロイド!」
「今日も来ていたのか」
ゆっくりと歩みよってきたロイドは、長いブーツを履いている。
私も立ち上がって、ロイドへと駆け寄った。
「ねぇ? 今度、一緒に食事に行かない?」
「食事?」
「ええ。そ、その……もしかしたら、食事に関する試験問題が出るかもしれないし!」
「まぁ可能性は何事もあるがな……うーん。場所によるな」
「場所?」
「率直に言って用意が無い。お前、その身なりからして、貴族の令嬢だろう? 平民の服を着て誤魔化しているが」
「っく」
非常に鋭い指摘に、私は呻いた。
「貴族のご令嬢をエスコートするような、そういった用意は俺には無い」
「別に、そんなのは、いいのよ! 私は街の露店で串焼きを食べるのも大好きなのよ!」
「本音か? そういう事なら連れて行ってもいいが」
「本音よ!」
「じゃあ、今から行くか?」
「えっ!? いいの!? 行きたい!」
私は笑顔になり、目を輝かせた。すると微苦笑してから、不意にロイドが私の左手を取った。そして優しく握る。思わずドキリとした。
「行くぞ」
こうして私達は、手を繋いで王都の街中へと向かった。寒いはずなのに、ロイドの手が温かいから、私は終始ポカポカした気分を味わっていた。
ロイドが連れて行ってくれたのは、クリームスープの露店だった。
カップを二つ受け取ったロイドは、一つを私に渡すと、初めて見る柔和な笑顔を浮かべた。いつもキリッとしていて、凛とした印象だから、私の胸がドクンドクンと煩くなる。
「口に合うといいんだが。俺はお気に入りなんだ」
「んっ……あ。すごく美味しいわ!」
「それは良かった」
その場で少し飲んでから、私達は近くのベンチまで移動した。
ホッとする味だなと考えていた時、私はコートの下の、ロイドのシャツがなにか汚れている事に気がついた。それからまじまじと見て、思わず息を呑んだ。
「ロイド!? そ、それ、血じゃ……? 怪我をしているの!?」
思わず早口で尋ねると、ロイドが息を詰めてから、思いっきり顔を背けた。
「ちょっとな。でも、大した傷じゃない」
「シャツに滲んでるなんて、手当てをしていないの?」
「包帯を巻いている」
「それだけ!?」
「いや……縫合したし、魔法薬も塗ってある。ただ、少し開いたんだな。悪いな、嫌なものを見せてしまって」
「どうして謝るの!? それより、はやく治療をするべきよ!」
「メリッサは、優しいんだな」
「当然のことでしょう!?」
焦りながら私は喋っているのに、苦笑するばかりで、ロイドは酷く悠長に思えた。
その時ロイドが、スープを飲み干した。私はとっくに飲み干していた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「ええ! すぐに治療をしてね!? 教会の医療院に行くのよ!?」
「学院には、治療術師が腐るほどいる。寮に戻る」
「そう……」
「送っていけなくて悪いな」
「いいの」
「――今日は、楽しかった。ではな」
そう言うと、ロイドは帰って行った。ゆっくりと歩いて行く彼の背中を見ていたら、私の胸が切なくなった。
……その日から、数日ロイドは現れなかった。
そして、最後の試験の日が来た。私は、試験会場の校庭で、たまに通る学生を見て、その中にロイドはいないだろうかとつい探してしまったが、いなかった。
最後の試験内容は、走り幅跳びだった。
何が選考基準だったのかはさっぱり不明だが、私は合格した。
今回の合格者は、私を含めて十一名である。
入学案内と入学式のお知らせを手に、私はまず公園へと向かった。すると。
「ロイド!!」
そこにはロイドの姿があった。ハッとしたように立ち上がったロイドが、こちらへ早足でやってくる。
「怪我はもういいの!?」
「ああ、平気だ。それより、結果は!?」
「聞いて!! 受かったの!! 合格したわ! 合格したのよ!!」
「そうか!! 本当によかったな!!」
ロイドがそう言って、私の両肩を叩いた。私はまた嬉しさが極まって、ロイドに抱きついた。すると、ロイドは今回は、おずおずと私の背中に腕を回した。その腕の中で、私はロイドを見上げる。そこには、とても優しい笑顔があった。
「おめでとう、メリッサ」
その表情に、私の胸が、トクンと疼いた。一体私はどうしてしまったのだろうか。ロイドの顔に惹き付けられて、目が離せない。心臓が、どんどん煩くなっていく。ゆっくりと瞬きをしてみたが、ロイドの顔がさらに魅力的に見える結果となった。
「え、ええ。これであの人にも会えるわ」
「……そうか。そうだな」
ロイドはそう言うと、今度はどこか苦しそうな顔をした。その切ない目をしているのに、口元だけは笑っている表情に、私の胸がわしづかみにされた。
「愛しているのだったな」
「ええ。最高に愛しているわ……ロイド? どうかしたの?」
「いいや」
そう言ってロイドは私から腕を放すと、瞬きをしながら小さく笑った。
「俺はそろそろ行く」
「次は学院で会いましょう!」
「ああ……またな」
こうして私は、ロイドと別れた。そして帰宅し、両親に入学許可証を見せた結果、呆然とした顔をされた。その後怒声が降ってきたが、私は知らんぷりをして入寮に備えて準備をしたのだった。