最初の試験――筆記試験という名の面接らしき日まで、あと三週間に迫った。
この日も私は、圧迫面接に備えて、ありとあらゆる、言われたら嫌な事を想定し、ノートにまとめていた。全ては、あの人に会うためだ。
「なんだ、またいたのか……もしかして、毎日来ているのか?」
そこに、やはり呆れた……だが今日は困惑が混じっている、テノールの声が響いてきた。もう覚えたその声の主は、視線を向けてみれば、やはりロイドだった。瞳には、やはりどこか困ったような色が宿っている。
「ええ。毎日、私は罵詈雑言を放たれることを想定して、筆記試験の勉強をしているの!」
笑顔で私が頷くと、ロイドがはぁと小さく息を吐いた。
「別に悪口を言われるわけじゃない。たとえば、辛い記憶を魔法で読み取られて、それについて質問されたりするんだ」
「そうなの?」
「ああ。誰にだって、嫌な記憶の一つや二つはあるだろう?」
「ええ、あるわ。あの人がルードフェルド魔法学院に行ってしまって、会えなくなったのがそもそも最高に辛くて嫌だったもの」
「そうか。大変だな」
ロイドは興味なさそうにそう言うと、少し考えるようにしてから、私の角のベンチに座った。そして腕を組んで、私のノートを覗きこんだ。
「へ、へぇ。すごい想定をしているんだな」
「どう? いい感じかしら?」
「さ、さぁな? 俺には無い語彙が沢山並んでいるとだけ言っておく」
表情を引きつらせて、ロイドが僅かに口元に笑みを浮かべた。完全に引きつった笑みであるが、私はこの時、初めてロイドの笑顔を見た。
「試しに面接をしてみてくれない?」
「――ああ、構わない」
「いつでもいいわよ」
「そうだな……お前は確か、会いたい人がいるんだったな?」
「ええ!」
「では、その人物が死んだらどうする?」
「え? 私も死ぬわ」
当然だと思って私は答えた。すると、ロイドが半眼になった。
「完全に落ちるぞ、その答えじゃ」
「ええ? だって、私は心から愛しているのよ? 当然じゃない?」
「模範解答は、『喪失を乗り越えて前に進む』だ」
「そんなの嘘じゃない!」
「面接なんて、嘘偽りで解答するんだ」
そう言って溜め息をつくと、ロイドは立ち上がった。
「まぁせいぜい頑張れよ」
ロイドは呆れたようにそう言うと、帰って行った。
いよいよ、試験が来週に迫った。この公園の木々も色づき、赤や黄色の葉が見える。一気に寒くなったので、私は王都の民衆に流行していると噂のマフラーを購入して、首に巻いている。コートも王都で自分で買った品だ。寒くて時折震えるし、吐く息は白く染まるが、そんな事には構わず、本日も私は、試験対策に励んでいる。
「こんな寒い日も来ているのか……? 今朝は霜が降りたんだぞ?」
不意に声をかけられたので、視線を向けるとロイドが立っていた。
私は立ち上がり、ロイドの前に立ち、彼の右腕を引っ張る。
「もうすぐ試験なの! 今日だけじゃなく、明日も明後日も、試験まで毎日来て!」
私が唇を尖らせて、必死に頼むと、ロイドが虚を突かれたように目を丸くした。
「……仕方が無いな」
「いいのね!? ありがとう!」
ロイドはしぶしぶといった調子だったが頷いてくれたので、私は嬉しさが極まって、満面の笑みを浮かべた。そんな私をまじまじと見てから、ロイドが顔を背けた。その表情は、いつもと同じ無表情に見える。だが、不思議と冷たくは見えない。
「じゃ早速――」
こうして、この日から毎日、ロイドは来てくれた。
あれやこれやと筆記試験……という名の面接練習をし、私は試験前日にロイドに言った。
「本当にありがとう! 私、明日は全力で頑張るわ!」
「ああ。その意気だ。意気込みならば、メリッサは合格しそうに見える。頑張れよ」
私の名を呼び、ロイドは力強く応援してくれた。ロイドがそう言うのだから大丈夫だと、私は自分に念じた。
翌朝。
私は早起きをして、ひっそりと家を出た。裏口を通って街に出て、急ぎ足でルードフェルド魔法学院の正門へと向かう。桟橋を渡っていくと、この日と卒業式の日だけ解放される門に、多くの人が向かっていた。試験に応募する書類などはなく、現地に行けば誰でも受験が可能だ。テスト用紙に名前を書けば、まず最初の受験資格を獲得するのだと、ロイドから教わった。
深呼吸しながら、私は誘導された大広間に入る。そして並んでいる茶色い机の片隅に座った。確かに紙が二枚ある。片方は羊皮紙だ。もう一方の紙に、開始を告げる鐘が鳴ってすぐ、私は名前を書いた。すると羊皮紙に、唇が現れた。これもロイドに習ったとおりだ。
『貴方に質問するわ』
脳裏で私は、『なにかしら?』と答えていた。
『貴方の一番大切な人は誰?』
その問いかけに、私は硬直した。完全に想定外だったからだ。
家族はとても大切だ。あの人は最高に大切だ。でも――……。
ふっとロイドの顔が頭に浮かんだ。よく知らない相手だが、ずっと私のために、試験対策をしてくれた、優しい人だ。ほとんど無表情か呆れた顔なのに、なんだかんだといいながら、結局勉強に付き合ってくれた。
『そう。では、その人の名前を書けば宜しいのに』
「っ」
思考を読める問題用紙が、笑みを含んだ声で私に言った。本当にいいのだろうかと考えつつ、私はロイドと名前を書いた。本名なのかすら知らないし、家名も当然知らない。
『その人が亡くなったらどうする?』
これは想定通りの質問だった。だが、ロイドが死ぬという状況は、想定外だった。
私は思わず、ペンを指でくるりと回転させる。
――ロイドが、死ぬ? 悲しみながら、お葬式に行くだろう。たまにはお墓参りにも行くかもしれない。
『ならば、そう書けばいいのよ』
だが、模範解答は、違うと聞いている。
私は、『喪失を乗り越えて、前に進む』と記載した。
そのようにして試験が進んでいき、私は『これで全問終了よ』という言葉を聞いた。
その五分後に、終わりを知らせる鐘の音が響いた。
なお合格発表は即日だ。
私は発表される午後を、緊張しながら待っていた。お昼ご飯にサンドイッチが配布されたが、食べる気が全く起きなかった。
この日も私は、圧迫面接に備えて、ありとあらゆる、言われたら嫌な事を想定し、ノートにまとめていた。全ては、あの人に会うためだ。
「なんだ、またいたのか……もしかして、毎日来ているのか?」
そこに、やはり呆れた……だが今日は困惑が混じっている、テノールの声が響いてきた。もう覚えたその声の主は、視線を向けてみれば、やはりロイドだった。瞳には、やはりどこか困ったような色が宿っている。
「ええ。毎日、私は罵詈雑言を放たれることを想定して、筆記試験の勉強をしているの!」
笑顔で私が頷くと、ロイドがはぁと小さく息を吐いた。
「別に悪口を言われるわけじゃない。たとえば、辛い記憶を魔法で読み取られて、それについて質問されたりするんだ」
「そうなの?」
「ああ。誰にだって、嫌な記憶の一つや二つはあるだろう?」
「ええ、あるわ。あの人がルードフェルド魔法学院に行ってしまって、会えなくなったのがそもそも最高に辛くて嫌だったもの」
「そうか。大変だな」
ロイドは興味なさそうにそう言うと、少し考えるようにしてから、私の角のベンチに座った。そして腕を組んで、私のノートを覗きこんだ。
「へ、へぇ。すごい想定をしているんだな」
「どう? いい感じかしら?」
「さ、さぁな? 俺には無い語彙が沢山並んでいるとだけ言っておく」
表情を引きつらせて、ロイドが僅かに口元に笑みを浮かべた。完全に引きつった笑みであるが、私はこの時、初めてロイドの笑顔を見た。
「試しに面接をしてみてくれない?」
「――ああ、構わない」
「いつでもいいわよ」
「そうだな……お前は確か、会いたい人がいるんだったな?」
「ええ!」
「では、その人物が死んだらどうする?」
「え? 私も死ぬわ」
当然だと思って私は答えた。すると、ロイドが半眼になった。
「完全に落ちるぞ、その答えじゃ」
「ええ? だって、私は心から愛しているのよ? 当然じゃない?」
「模範解答は、『喪失を乗り越えて前に進む』だ」
「そんなの嘘じゃない!」
「面接なんて、嘘偽りで解答するんだ」
そう言って溜め息をつくと、ロイドは立ち上がった。
「まぁせいぜい頑張れよ」
ロイドは呆れたようにそう言うと、帰って行った。
いよいよ、試験が来週に迫った。この公園の木々も色づき、赤や黄色の葉が見える。一気に寒くなったので、私は王都の民衆に流行していると噂のマフラーを購入して、首に巻いている。コートも王都で自分で買った品だ。寒くて時折震えるし、吐く息は白く染まるが、そんな事には構わず、本日も私は、試験対策に励んでいる。
「こんな寒い日も来ているのか……? 今朝は霜が降りたんだぞ?」
不意に声をかけられたので、視線を向けるとロイドが立っていた。
私は立ち上がり、ロイドの前に立ち、彼の右腕を引っ張る。
「もうすぐ試験なの! 今日だけじゃなく、明日も明後日も、試験まで毎日来て!」
私が唇を尖らせて、必死に頼むと、ロイドが虚を突かれたように目を丸くした。
「……仕方が無いな」
「いいのね!? ありがとう!」
ロイドはしぶしぶといった調子だったが頷いてくれたので、私は嬉しさが極まって、満面の笑みを浮かべた。そんな私をまじまじと見てから、ロイドが顔を背けた。その表情は、いつもと同じ無表情に見える。だが、不思議と冷たくは見えない。
「じゃ早速――」
こうして、この日から毎日、ロイドは来てくれた。
あれやこれやと筆記試験……という名の面接練習をし、私は試験前日にロイドに言った。
「本当にありがとう! 私、明日は全力で頑張るわ!」
「ああ。その意気だ。意気込みならば、メリッサは合格しそうに見える。頑張れよ」
私の名を呼び、ロイドは力強く応援してくれた。ロイドがそう言うのだから大丈夫だと、私は自分に念じた。
翌朝。
私は早起きをして、ひっそりと家を出た。裏口を通って街に出て、急ぎ足でルードフェルド魔法学院の正門へと向かう。桟橋を渡っていくと、この日と卒業式の日だけ解放される門に、多くの人が向かっていた。試験に応募する書類などはなく、現地に行けば誰でも受験が可能だ。テスト用紙に名前を書けば、まず最初の受験資格を獲得するのだと、ロイドから教わった。
深呼吸しながら、私は誘導された大広間に入る。そして並んでいる茶色い机の片隅に座った。確かに紙が二枚ある。片方は羊皮紙だ。もう一方の紙に、開始を告げる鐘が鳴ってすぐ、私は名前を書いた。すると羊皮紙に、唇が現れた。これもロイドに習ったとおりだ。
『貴方に質問するわ』
脳裏で私は、『なにかしら?』と答えていた。
『貴方の一番大切な人は誰?』
その問いかけに、私は硬直した。完全に想定外だったからだ。
家族はとても大切だ。あの人は最高に大切だ。でも――……。
ふっとロイドの顔が頭に浮かんだ。よく知らない相手だが、ずっと私のために、試験対策をしてくれた、優しい人だ。ほとんど無表情か呆れた顔なのに、なんだかんだといいながら、結局勉強に付き合ってくれた。
『そう。では、その人の名前を書けば宜しいのに』
「っ」
思考を読める問題用紙が、笑みを含んだ声で私に言った。本当にいいのだろうかと考えつつ、私はロイドと名前を書いた。本名なのかすら知らないし、家名も当然知らない。
『その人が亡くなったらどうする?』
これは想定通りの質問だった。だが、ロイドが死ぬという状況は、想定外だった。
私は思わず、ペンを指でくるりと回転させる。
――ロイドが、死ぬ? 悲しみながら、お葬式に行くだろう。たまにはお墓参りにも行くかもしれない。
『ならば、そう書けばいいのよ』
だが、模範解答は、違うと聞いている。
私は、『喪失を乗り越えて、前に進む』と記載した。
そのようにして試験が進んでいき、私は『これで全問終了よ』という言葉を聞いた。
その五分後に、終わりを知らせる鐘の音が響いた。
なお合格発表は即日だ。
私は発表される午後を、緊張しながら待っていた。お昼ご飯にサンドイッチが配布されたが、食べる気が全く起きなかった。