庭を通りかかろうとしたら扉が開いており、そこで女性と対面しているロイドが見えた。ロイドはいつもの通りの無愛想な顔をしている。
相手は……四十代くらいだろうか? 私の母上と同じくらいの歳に見える。とてもふくよかな女性で、胸と同じくらいお腹が出ている。カエルによく似た顔立ちだ。って、観察している場合では無い!
「ちょっと待ったー!!」
私は大声を上げて、思わずそのまま庭からお見合いの場に飛び込んだ。
「!? メリッサ!?」
ポカンとした顔を、ロイドが私に向けた。
「あ、いや、メリッサ王女殿下……え……?」
「そのお見合い、ちょっと待って下さい!」
私はキリっとした顔で宣言してから、ナーラさんにぺこりと頭を下げた。目をまん丸に見開いた彼女は、何度か頷いた。それを確認してから、私はロイドに向き直る。
「ロイド! 私と結婚して下さい!」
するとロイドが戸惑った顔をしてから、すぐに暗い瞳に変わり、視線をおろした。
「無理だ」
とても小さな声で、そう返ってきた。だが、お兄様は嘘をついたりしないので、ロイドは私を好きなはずだと、自分に必死で言い聞かせながら、私は続ける。拳を握りしめる。
「私のお婿さんになって下さい!」
「――は?」
すると呆気にとられたような声を出し、顔を上げたロイドは、まるで私の勉強に立ち会っていた時のような顔をした。
「お婿さんになって下さい!」
「いや、待て。どういう事だ? 話が見えない」
今まで通りの口調に戻っているロイドに、私は気を良くした。
「あのね、お兄様に聞いたの! ロイドが私のお婿さんになれば、ロイドも王族になるから、私と貴方の身分は同じ! ロイドは身分を気にすることなく、私を好きになっていいのよ! いいのですよ!? いいのですからね!? 繰り返します。私を好きになって下さい」
私は拳をふるわせながら力説し、必死で訴えた。
「私はロイドのことが大好きなの。貴方以外考えられないわ!」
すると――ロイドの頬に、朱が差した。何か言いたそうに半分ほど口を開けたロイドは、それから照れくさそうに顔を背ける。膝の上に置いてある拳が震えている。
「女性にここまで言わせて、こたえないのもねぇ」
そこへゆったりとしたお兄様の声が響いた。追いついてきた様子だ。
ハッとしたようにロイドが顔を上げる。そして私とルイスお兄様を交互に見た後、とても嬉しそうに破顔した。
「謹んで、お受け致します。メリッサ王女殿下」
その後、ルイスお兄様は、ナーラ嬢に、男性を紹介すると言ってその場に残り、『後はお二人で』と言われて、私はロイドと共に、学び舎へと戻ることになった。ロイドは俯きながらも、私に合わせてゆっくりと歩いてくれる。私は嬉しくなって、ロイドの腕に自分の両手を絡めた。
「っ」
するとロイドが私を見る。その顔は、やはり赤い。
「おい……本気で言ってるのか?」
「勿論だわ。ロイド、大好きです」
私が笑顔で断言すると、ロイドが立ち止まり、私に向き直った。そして一度長々と目を伏せ、そしてしっかりと開けてから、じっと私を見据えた。
「そうか。ならば俺は、本気にする。メリッサ王女殿下、俺も貴女を愛している。どうか、結婚して欲しい」
「! は、はい!」
勢いで答えた後、私は嬉しくなって両頬を持ち上げ、ロイドに飛びついた。
すると私を慌てて抱き留めたロイドが言う。
「ひ、ひと目が! 馬鹿! 修道院に行きたいのか!?」
「誰も婚約者同士を罰したりはしないわ!」
――こうして。
私とロイドは、晴れて恋人同士となったのである。卒業後に結婚したのだが、ロイドは王族の身分になったけれど、騎士団の仕事は続けている。今では騎士団長が師匠だと笑っている。私としては、あんまり危ない事はしてほしくないのだけれど、ロイドはおもいのほか頑張り屋さんだった。そういうところも好きになってしまったので仕方がない。
もうすぐ、二人目の子供が生まれる。
この子達の進学先を、私は自由に選ばせてあげようと考えている。
―― 終 ――