「私も料理を習うまで全く何もできなかったんです。なんなら部屋もすごく汚いです」
 湊音はえっと顔をした。
「最初は花嫁修行って料理習い始めたけど思ったけど自分の体のためにって……。作って食べていくうちに体も肌も変わってきて。料理をするのが楽しくなってきたのはつい最近なんです」
「ほぉ……」
「結構この本みたいにいろいろあれこれ考えて写真のようにキレイに並べるのも大変なんですよ。時間も手間もかかるし」
「そうだねぇ。でも明里さんはそれがもうできる」
「でも、あくまでも自分のためなんです。もし仕事が忙しくなったり結婚して子供ができたりしたら絶対これ無理……楽したくなっちゃう。手を抜きたくなる気持ちすっごくわかる。だから私は今まで手抜きしてた。わたしもきっと湊音さんの前の奥さんもそういう性格なんです」
 明里がいつも以上に話す姿を見て湊音は驚く。

「きっと湊音さんのお母さんの性格だからこそできるんですよ。それか完璧にしないと嫌だとか」
「確かに完璧主義だな」
「私は違います、残念ながら。あなたのお母さんは仕事忙しいのに作ってるのも家族のため……あとお母様の性格と器用さもあると思います。てか……誰かのために……作るそれもいいけど女が作って当たり前とかそんなふうにいう人のためには作りたくない」
「えっ……」
「それに女だからこうしろ、黙って男のことを聞いてろとかなんなんでしょうねー」
 湊音に言われてもいないことまでも口から出てしまう。

 過去に法事で親戚のおじさんやおばさんたちに結婚はまだか子供はまだか長男はやめろ、婿養子をとれとか25歳過ぎたら売れ残りという言葉や、同級生の結婚、出産報告、全ての鬱憤を晴らすかのように湊音に全てぶつける。

「……そ、そうなんだね」
 湊音は俯いている。明里はしまった、と思ったがもう遅い。

 そして時計を見るとディナーの予約の時間。

「……ごめんなさい、今日はもう」
 明里は頭を深く下げた。
「うん、もういいよ。こんな雰囲気でご飯なんて食べれない」
「ですよね、ですよね……さよなら」
 明里は本をベンチに置いて走って去る。もうこの場から消えてしまいたかった。