「何もないな」
まだ蕾の桜の木を眺めながら呟く。いつも言い様のない退屈感に体が満たされていた。何をしても面白くない。新しいことをする気にも起きない。淡々と過ぎる日々に嫌気がさしていた。
「俺、一人暮らししたいんだけど」
だからある日家族にそう言い放った。
「まだ高校二年生でしょ、ちょっと早いんじゃない?」
「いや、同じクラスにもいるし」
心配そうに母親が止めてくる。
「お金はどうするんだ?」
「バイトしてちゃんと生活するし」
父親が金銭面の問題について尋ねてくる。
「あんたさ料理とかどうするの? 自炊とかしたことないじゃん」
「弁当とか冷凍食品とかもあるし、必要なら出来ると思う」
姉が生活面の問題についてに聞いてくる。
こんな風に最初は当然両親も姉も全員反対だった。けれど、何度か家族会議を得てこの家の近場でお試しという形で了承してもらった。
啖呵を切ったのだが、心配ということで親からの援助を貰いつつということになり、約束事として家族には連絡を欠かさない事と、俺が一人暮らしに限界を感じたらすぐに止めるということが取り決められた。
「いってきます」
蕾の桜は今にも咲きそうになっている。春風に押されるように、新生活が始まった。
「本当に大丈夫かな」
一抹の不安を抱えながら、一人暮らしと新しいクラス初めてのバイトをこなしていった。
大家さんや隣人にも積極的に挨拶をして関係を作り、徐々に必要な物を揃えて生活基盤を構築。 学校ではクラス替えで知らない人ばかりだったが、新しい生活が後押ししてくれたみたいで、思ったよりもすぐに友達を作れて、スタートダッシュに成功。初めてのバイトは不慣れで注意も受けたりしたけど、先輩が優しい人で長く続けられそうな気がした。
「……なんかすごく充実してる」
確かに少し恐怖ではあったけど、思ったよりも簡単にこの生活に順応出来た。拍子抜けすら感じてしまうほど。それに、今まで感じたことの無いくらいに世界が煌めいて、流れる時間がとても濃い。
こんな感覚は今まではなかった。
そんないつもよりも速い時間を過ごしていると梅雨に入っていく。悪天候が続いて億劫な気持ちになって、追い打ちをかけるようにテスト期間が近づいた。
「あーやばいやばい……時間が無い!」
その上バイトも入って、仕事も勉強も大変だけど、それがまた充足感に繋がる。友達関係も良好で毎日のように遊んでいる。
もう過去のことなんて、忘れてしまうくらい。
*
「夏休み来たあぁぁ」
がむしゃらに過ごしていればもう八月。すでに一年くらい過ごした気分だけど、この時間がまだまだ続くと思うとそれはすごく幸せだ。
「あ、LINE」
二通の通知が画面の上に流れて来た。一つはここしばらく連絡が途絶えていると姉からの注意。二つ目は今から花火大会を一緒に行かないかと友人の誘い。
後者だけに返信をして、急いで支度して約束の場所に向かった。友達と屋台を周り、ゲームで勝負したり小学生みたく走り回ったり大はしゃぎで過ごす。花火大会が始まるとアナウンスされ、大衆に揉まれながら今か今かと待ち望んで。
「……っ来た」
そして、花火が打ち上がった。満天の星空と共同で、夜を儚く美しく描いていく。その余波は人波にも影響しさらには心までも。
この景色を見た。この関係がある。この思いが生まれた。今ここにいて、これは現実。あの頃とはまるで違う。 退屈な時間から抜け出して、新鮮で痺れる時間に乗り換えられた。
この花火がまるで祝福しているかのように感じた。
*
夏休みが終わって九月が一瞬で通り過ぎて十月へと進む。その間にも変わらず家族からの干渉をのらりくらりと避けながら日常を過ごした。
ただ変わった事があって、それはもの寂しさというか何かが足りないと思い始めたことだ。やりがいのあるバイトもしているし、勉強も遊びも両立出来ているのに何故か。
それに、約束の連絡も最近はしていない。連続してやらない日が続いたせいで、やる気が起きなくなってしまった。
という風にピークが過ぎたみたいにテンションは少し下がり気味に生活いた。
ぼーっと紅葉した葉がひらひらと落ちている光景を窓から眺めているとインターホンがなった。
「あんた、いい加減連絡しなさいよ」
ドア開けると呆れたような表情の姉がいた。 姉を見た瞬間、何故か小さな安堵が心を満たすもすぐさま気まずさが上書きされた。
「ふーん、ちゃんと整頓されてるんだ。ゴミ屋敷にでもなってるのかと」
「そんなわけないだろ。掃除くらいはちゃんとする」
「連絡ぐらいもちゃんとして欲しいけどね」
部屋に入れると生活のチェックが入り嫌だなと思いつつも、久しぶりの姉とのやり取りはむず痒く感じた。
「それ言うためだけに来たわけ? なら帰ってよ、ちゃんとするからさ」
けど、口や態度はどうしても冷たくなってしまう。
「言われなくてもすぐに帰りますよー。でも絶対に連絡してよね。お母さん心配性だから、家でうるさいのよ。心配心配って」
「……うん」
「わかればよろしい。じゃあね」
姉は家から出ていこうとする。
「ね、姉さん」
「どうしたの?」
背を向ける姿を見た瞬間に、焦りのような感情が引き起こされ呼び止めてしまう。
「……い、いやなんでもない」
「そう。じゃ行くからね」
そのまま出ていってバタンとドアが閉められる。遠ざかる足音を最後まで聞いた。
姉が居なくなった部屋を見渡すとここまで感じたことの無い閑散とした感覚が引き起こる。心までもがすっぽりと抜けたよう。窓を眺めるとちょうど最後の葉が枝から離れたところで、その先には美しかったはずの色褪せた葉たちが地に伏していた。
「……はぁ」
スマホを取り出し、電話番号を打ち込む。けれど、かけることはしなかった。ベットに身を投げ、沈むからだを感じながら、目を閉じた。
*
十月と十一月はまるで前の日常に戻ったかのように、怠惰に生活を送っていた。
友達とも遊ぶ頻度も減り、勉強の成績も下がって、バイトにも身が入らなくなっていた。そして連絡頻度も相変わらず少ない。
その状況が好転することがなく既に十二月。今日はこの時期には珍しく雪がしんしんと降っていた。試しに窓を開けると肌を突き刺す冷気が入ってきて、土曜日であることに感謝したくなる。
「はぁ……」
寒さのせいなのか、最近はやけに実家にいた時のことが思い出す。あの退屈感に浸っていたあの日常がやけに懐かしくて感傷に浸ってしまう。新しい日常は次第に色褪せていって。まるで、心に大きな穴が空いてしまったかのように悲しい。窓に目をやると凍えそうな雪がどんどん積もっていく。
暖房モードのエアコンの近くで温まっていると、インターホンが鳴った。
「お、生きてた」
「……姉ちゃん」
「寒さで凍えて……ってどうしたの?」
「……あれ?な、なんで」
自分の意志とは関係なくとめどなく涙が流れる。積もりに積もった思いが氷解したみたく。
すると今までの日常が脳内に再生されて、止めようと思っても止まらない。
「……どうしたの?失恋でもした?」
「ち、違う……。え、えと」
「……もしかして寂しくなった?」
「……多分」
はっきりとは認めたくはなかった。
「多分って……まぁいいか、一旦帰る?」
俺は 何も言わずに頷いた。
「じゃ、一緒に帰ろ」
姉と一緒に雪が積もりつつある道を歩く。涙をぽたぽたと零しながら。
涙を受けた雪は少し染みてほんの少し溶けた。
*
「何もないな」
まだ蕾の桜の木を胡乱げに眺めながら呟く。いつも言い様のない退屈感に体が満たされていた。
けれど、友達と遊ぶことは面白いし新しいことは沢山やっている。淡々と過ぎる日々だけど、それこそがとても大切なのだと思う。
あの雪の日からまた家族のいる家に戻った。
「どう? いい経験になった?」
「凄くね」
「バイトも頑張っているみたいだな」
「うん、まだ続けられそう」
両親は俺が帰ってきてすごく安心しているようだった。同時に成長したとも感じたらしく喜んでもいて。
「あんたさ、意外としっかり生活できてたんだよね。驚いた。ま、心はまだまだ子供だけど」
「……うるさいな」
結局ここが一番心が落ち着く場所なんだとやっと気づいた。でも、今までのことは無駄なんかじゃない。楽しかったのは事実だし、経験にもなった。それに、こんな遠回りしないと当たり前の大切さには気づけないから。
「いってきます」
蕾だった桜は満開に咲いている。そして春風に押されるように新生活が始まった。
まだ蕾の桜の木を眺めながら呟く。いつも言い様のない退屈感に体が満たされていた。何をしても面白くない。新しいことをする気にも起きない。淡々と過ぎる日々に嫌気がさしていた。
「俺、一人暮らししたいんだけど」
だからある日家族にそう言い放った。
「まだ高校二年生でしょ、ちょっと早いんじゃない?」
「いや、同じクラスにもいるし」
心配そうに母親が止めてくる。
「お金はどうするんだ?」
「バイトしてちゃんと生活するし」
父親が金銭面の問題について尋ねてくる。
「あんたさ料理とかどうするの? 自炊とかしたことないじゃん」
「弁当とか冷凍食品とかもあるし、必要なら出来ると思う」
姉が生活面の問題についてに聞いてくる。
こんな風に最初は当然両親も姉も全員反対だった。けれど、何度か家族会議を得てこの家の近場でお試しという形で了承してもらった。
啖呵を切ったのだが、心配ということで親からの援助を貰いつつということになり、約束事として家族には連絡を欠かさない事と、俺が一人暮らしに限界を感じたらすぐに止めるということが取り決められた。
「いってきます」
蕾の桜は今にも咲きそうになっている。春風に押されるように、新生活が始まった。
「本当に大丈夫かな」
一抹の不安を抱えながら、一人暮らしと新しいクラス初めてのバイトをこなしていった。
大家さんや隣人にも積極的に挨拶をして関係を作り、徐々に必要な物を揃えて生活基盤を構築。 学校ではクラス替えで知らない人ばかりだったが、新しい生活が後押ししてくれたみたいで、思ったよりもすぐに友達を作れて、スタートダッシュに成功。初めてのバイトは不慣れで注意も受けたりしたけど、先輩が優しい人で長く続けられそうな気がした。
「……なんかすごく充実してる」
確かに少し恐怖ではあったけど、思ったよりも簡単にこの生活に順応出来た。拍子抜けすら感じてしまうほど。それに、今まで感じたことの無いくらいに世界が煌めいて、流れる時間がとても濃い。
こんな感覚は今まではなかった。
そんないつもよりも速い時間を過ごしていると梅雨に入っていく。悪天候が続いて億劫な気持ちになって、追い打ちをかけるようにテスト期間が近づいた。
「あーやばいやばい……時間が無い!」
その上バイトも入って、仕事も勉強も大変だけど、それがまた充足感に繋がる。友達関係も良好で毎日のように遊んでいる。
もう過去のことなんて、忘れてしまうくらい。
*
「夏休み来たあぁぁ」
がむしゃらに過ごしていればもう八月。すでに一年くらい過ごした気分だけど、この時間がまだまだ続くと思うとそれはすごく幸せだ。
「あ、LINE」
二通の通知が画面の上に流れて来た。一つはここしばらく連絡が途絶えていると姉からの注意。二つ目は今から花火大会を一緒に行かないかと友人の誘い。
後者だけに返信をして、急いで支度して約束の場所に向かった。友達と屋台を周り、ゲームで勝負したり小学生みたく走り回ったり大はしゃぎで過ごす。花火大会が始まるとアナウンスされ、大衆に揉まれながら今か今かと待ち望んで。
「……っ来た」
そして、花火が打ち上がった。満天の星空と共同で、夜を儚く美しく描いていく。その余波は人波にも影響しさらには心までも。
この景色を見た。この関係がある。この思いが生まれた。今ここにいて、これは現実。あの頃とはまるで違う。 退屈な時間から抜け出して、新鮮で痺れる時間に乗り換えられた。
この花火がまるで祝福しているかのように感じた。
*
夏休みが終わって九月が一瞬で通り過ぎて十月へと進む。その間にも変わらず家族からの干渉をのらりくらりと避けながら日常を過ごした。
ただ変わった事があって、それはもの寂しさというか何かが足りないと思い始めたことだ。やりがいのあるバイトもしているし、勉強も遊びも両立出来ているのに何故か。
それに、約束の連絡も最近はしていない。連続してやらない日が続いたせいで、やる気が起きなくなってしまった。
という風にピークが過ぎたみたいにテンションは少し下がり気味に生活いた。
ぼーっと紅葉した葉がひらひらと落ちている光景を窓から眺めているとインターホンがなった。
「あんた、いい加減連絡しなさいよ」
ドア開けると呆れたような表情の姉がいた。 姉を見た瞬間、何故か小さな安堵が心を満たすもすぐさま気まずさが上書きされた。
「ふーん、ちゃんと整頓されてるんだ。ゴミ屋敷にでもなってるのかと」
「そんなわけないだろ。掃除くらいはちゃんとする」
「連絡ぐらいもちゃんとして欲しいけどね」
部屋に入れると生活のチェックが入り嫌だなと思いつつも、久しぶりの姉とのやり取りはむず痒く感じた。
「それ言うためだけに来たわけ? なら帰ってよ、ちゃんとするからさ」
けど、口や態度はどうしても冷たくなってしまう。
「言われなくてもすぐに帰りますよー。でも絶対に連絡してよね。お母さん心配性だから、家でうるさいのよ。心配心配って」
「……うん」
「わかればよろしい。じゃあね」
姉は家から出ていこうとする。
「ね、姉さん」
「どうしたの?」
背を向ける姿を見た瞬間に、焦りのような感情が引き起こされ呼び止めてしまう。
「……い、いやなんでもない」
「そう。じゃ行くからね」
そのまま出ていってバタンとドアが閉められる。遠ざかる足音を最後まで聞いた。
姉が居なくなった部屋を見渡すとここまで感じたことの無い閑散とした感覚が引き起こる。心までもがすっぽりと抜けたよう。窓を眺めるとちょうど最後の葉が枝から離れたところで、その先には美しかったはずの色褪せた葉たちが地に伏していた。
「……はぁ」
スマホを取り出し、電話番号を打ち込む。けれど、かけることはしなかった。ベットに身を投げ、沈むからだを感じながら、目を閉じた。
*
十月と十一月はまるで前の日常に戻ったかのように、怠惰に生活を送っていた。
友達とも遊ぶ頻度も減り、勉強の成績も下がって、バイトにも身が入らなくなっていた。そして連絡頻度も相変わらず少ない。
その状況が好転することがなく既に十二月。今日はこの時期には珍しく雪がしんしんと降っていた。試しに窓を開けると肌を突き刺す冷気が入ってきて、土曜日であることに感謝したくなる。
「はぁ……」
寒さのせいなのか、最近はやけに実家にいた時のことが思い出す。あの退屈感に浸っていたあの日常がやけに懐かしくて感傷に浸ってしまう。新しい日常は次第に色褪せていって。まるで、心に大きな穴が空いてしまったかのように悲しい。窓に目をやると凍えそうな雪がどんどん積もっていく。
暖房モードのエアコンの近くで温まっていると、インターホンが鳴った。
「お、生きてた」
「……姉ちゃん」
「寒さで凍えて……ってどうしたの?」
「……あれ?な、なんで」
自分の意志とは関係なくとめどなく涙が流れる。積もりに積もった思いが氷解したみたく。
すると今までの日常が脳内に再生されて、止めようと思っても止まらない。
「……どうしたの?失恋でもした?」
「ち、違う……。え、えと」
「……もしかして寂しくなった?」
「……多分」
はっきりとは認めたくはなかった。
「多分って……まぁいいか、一旦帰る?」
俺は 何も言わずに頷いた。
「じゃ、一緒に帰ろ」
姉と一緒に雪が積もりつつある道を歩く。涙をぽたぽたと零しながら。
涙を受けた雪は少し染みてほんの少し溶けた。
*
「何もないな」
まだ蕾の桜の木を胡乱げに眺めながら呟く。いつも言い様のない退屈感に体が満たされていた。
けれど、友達と遊ぶことは面白いし新しいことは沢山やっている。淡々と過ぎる日々だけど、それこそがとても大切なのだと思う。
あの雪の日からまた家族のいる家に戻った。
「どう? いい経験になった?」
「凄くね」
「バイトも頑張っているみたいだな」
「うん、まだ続けられそう」
両親は俺が帰ってきてすごく安心しているようだった。同時に成長したとも感じたらしく喜んでもいて。
「あんたさ、意外としっかり生活できてたんだよね。驚いた。ま、心はまだまだ子供だけど」
「……うるさいな」
結局ここが一番心が落ち着く場所なんだとやっと気づいた。でも、今までのことは無駄なんかじゃない。楽しかったのは事実だし、経験にもなった。それに、こんな遠回りしないと当たり前の大切さには気づけないから。
「いってきます」
蕾だった桜は満開に咲いている。そして春風に押されるように新生活が始まった。