小夜は緊張していた。

 浴衣の前を何度も合わせ、そわそわとする。なぜなら、今夜が新しい夫、犬神恭一郎との初夜だからだ。

 こういう時、どうやって夫を迎えたらいいのか、わからない。
 畳の上に三つ指でもついて待っていればいいのだろうか。こころもとない行燈の火影の中で小夜は悩む。風呂上がりの小夜の髪は湿り気を帯び、頬は緊張に上気していた。




 小夜が初めて恭一郎と会ったのは、ある春の昼下がり。仲人に連れられて犬神家分家の恭一郎宅へ向かった。

 麹町のとある場所――。
 長い築地塀の先に、立派な兜門がある。この大きさで分家というのだから驚いた。数ある犬神家分家の中でも、一番権力のある家だ。

 だが、その強い分家でさえも本家の命には逆らえないようだ。

 小夜は広い玄関で石本という五十がらみの家令に迎えられ、鯉が泳ぐ大きな池が見える広縁を歩き、広い座敷に案内された。

 緊張しながら、仲人と共に挨拶をして和装姿の恭一郎と向かい合う。

 犬神家は神職華族で陰陽師の家系にあり、代々退魔師を生業としている。退魔師とは中務省に所属して、あやかしや物の怪と呼ばれる妖魔を退治する軍人だ。

 一度は廃止された中務省だが、文明開化が進む連れ、この国の鬼門は大きく開いてしまった。そのため国中に鬼道と呼ばれる異界への道が出没し、妖魔が湧いて出る。
 その妖魔を退治するのが、退魔師である。

 だから、てっきり恭一郎は強面なのかと思っていた。
 だが、小夜の予想に反して、恭一郎はとても綺麗な顔をしていた。

 年は数えで二十四。体は大きく軍人らしく引き締まっている。薄い口元に涼やかな目元、すっと通った鼻筋に短く切った髪、精悍な雰囲気が漂っている。

(ちょっと冷たそうな方。乱暴でなければいいのだけれど)

 彼にそんな第一印象を持った。

 退魔師の結婚相手は、たいてい同じ血筋の者から選ばれる。しかし、今回は出戻りかつ犬神家の傍系ですらない岩原家の小夜が選ばれた。共通点は神職華族ということのみで、家格も犬神家の方がずっと高い。疑問に思うも、小夜に答えをくれるものはなかった。

 父からは「杉本家から離縁されたばかりのお前を貰ってくれるんだ。ありがたく思え」と言われ、腹違いの妹からは、「なぜ、小夜が犬神様の家に嫁げるの? 石女で離縁されたのに! 納得がいかないわ」とやっかまれた。


 ――見合いとも呼べない簡単な顔合わせから、半月もしないうちに二人は、祝言を上げることになった。
 急転直下の出来事であるが、小夜に拒否権はない。