*
週明け、先日の中間テストの上位五十名の表が、職員室前の掲示板に貼り出された。
一年生から三年生まで、順位の気になる生徒達が集まっている。
いつも通り、三年生の総合一位は香西ヒロ、二位は俺……鳴沢佑二だ。
教科別に見ると、世界史だけ勝っている。
俺が100点、香西が92点。
もしかして、社会が苦手だったりするのか……?
いや、それでも90点以上は取っているわけだから、苦手というほどでもないのか。
「いつも思うんだけど、なんで学校にあまり来てないヒロが一番なの?」
落合さんの声が聞こえてきて、そちらに目線を移す。
隣に、香西と瀬戸がいた。
「オレは、影で努力するタイプだから」
「ウソだ! そんなところ、一度も見たことがない!」
たしかに、俺の知る限りでも見たことがない。
「あっ。俺、英語だけ五位! ……他は壊滅的だけど」
どうやら、瀬戸は英語だけ得意なようだ。
何故かはわからない。
「あたし、このまま期末もダメだったら、冬休み補修確定だ〜……」
落合さんは下から数えた方が早い順位だった。
絶望的な表情になるのもわかる。
「ま、まあ、がんばれ」
「ヒロ先生! 晶先生! あたしに英語、教えてください!」
「あ、晶先生……?」
瀬戸は「先生」と呼ばれて満更でもなさそうだった。
俺は、三人のそんなやりとりを横目で見る。なんとも情けない。
香西の体調を崩す作戦は失敗してしまったし、しかもそれは落合さんに知られてしまっている。
この時点で、俺はかなり痛い人物だと思われているだろう。
その場にいられなくなって、俺はすぐに踵を返した。
本当は、ライバル宣言でもして正々堂々と戦いたいのに、俺にはそんな度胸もないのだった。
*
「……また、学年二位か……」
自宅のリビングで親父と向かい合ってソファに座る。
テストの結果を見せると、親父は落胆とも歓喜とも取れない低い声で言った。
細い銀縁のメガネを中指でくいっと上げ、レンズを光らせる。
「また」という言葉が重くのしかかった。
何も言い返せずに黙っていると、親父は結果表から目を離して顔を上げた。
「そういえば、訊いたことなかったが、一位はそんなにすごい子なのか?」
「すごいなんてもんじゃないよ。学校はサボるくせにテストだけは一位だなんて。俺は絶対に香西に一泡吹かせてやりたいんだ! ……でも、結果はご覧の通りだよ」
「……香西? もしかして、香西ヒロ君か?」
「親父、知ってるのか?」
俺は、香西がクラスメイトであることを告げた。
「なるほど、同じ学校なのは知っていたが、クラスメイトか。今までの結果も頷けるな。ま、相手が香西先生の子なら仕方がない! おまえも、よく頑張った!」
親父が、急にあっけらかんとした態度になった。
「香西……先生?」
「おまえ、知らなかったのか? ヒロ君は、医学界でも有名な香西先生の息子さんだ。根本的に頭のデキが違うんだろうよ」
「根本的に……違う……」
「ああいや、おまえも努力してるのは認める! 現に、おまえが一位だったこともあったわけだし!」
俺がしゅんとすると、親父は慌ててフォローを入れてきた。
なんだか、余計に惨めな気がする。
「ただ、あの家系は次元が違うと感じることがあるよ」
親父は、香西家について教えてくれた。
香西のご両親が医者であったこと、親父の先輩であったこと。
とても評判の良い医者だったが、飛行機事故で亡くなったらしい。
そして、香西のお兄さんも医者になり、海外でそれなりの地位についていると。
そんなにすごい人の息子だったなんて。
敵わないわけだ。
弱点を見つけて出し抜こうなんて、甘い考えだったようだ。
「でも、俺だって鳴沢有人の息子だ!」
「おお、その意気だ。次も頑張れ」
*
次の週末、俺は朝から自室で受験勉強をしていた。
しかし、英語の辞書を学校に置き忘れたのを思い出す。
ネットで調べてもいいのだが、俺は本の辞書でないと落ち着かない性分だ。
「しまったな……。仕方がない、親父のを借りるか……」
あまり書斎を引っ掻き回すと叱られるのだが。
念の為ノックして入ると、親父はいなかった。
今日は休日だが、仕事があると言ってさっき出て行ったばかりだ。
辞書を探していると、机の上にぽんと置かれた、大きめの封筒が目に入る。
留め具で紐綴じができるタイプなので、一目で書類が入っているものだとわかった。
さては親父のやつ、忘れていったな?
俺は、親父の書類かどうか、確認のつもりでその封筒の中身を見てしまった。
「……えっ!?」
まず目に飛び込んで来たのは、患者の氏名。
そこに記載されていたのは、香西の名前だった。
これ、香西のカルテなのか!?
親父、こんな重要書類を……忘れちゃいけないやつだろ!?
と思いつつも、俺はさらにカルテを封筒からゆっくりと引き出した。
ほんの出来心だった。
これを見れば、香西の弱点か何かがわかるかもしれない。
俺はそんな邪な考えと緊張した面持ちで、目線を徐々に下へ持っていく。
氏名の下に生年月日、そして、性別。
そこに書かれていたのは。
性別・女 の箇所に書かれた、いびつな形の◯だった。
週明け、先日の中間テストの上位五十名の表が、職員室前の掲示板に貼り出された。
一年生から三年生まで、順位の気になる生徒達が集まっている。
いつも通り、三年生の総合一位は香西ヒロ、二位は俺……鳴沢佑二だ。
教科別に見ると、世界史だけ勝っている。
俺が100点、香西が92点。
もしかして、社会が苦手だったりするのか……?
いや、それでも90点以上は取っているわけだから、苦手というほどでもないのか。
「いつも思うんだけど、なんで学校にあまり来てないヒロが一番なの?」
落合さんの声が聞こえてきて、そちらに目線を移す。
隣に、香西と瀬戸がいた。
「オレは、影で努力するタイプだから」
「ウソだ! そんなところ、一度も見たことがない!」
たしかに、俺の知る限りでも見たことがない。
「あっ。俺、英語だけ五位! ……他は壊滅的だけど」
どうやら、瀬戸は英語だけ得意なようだ。
何故かはわからない。
「あたし、このまま期末もダメだったら、冬休み補修確定だ〜……」
落合さんは下から数えた方が早い順位だった。
絶望的な表情になるのもわかる。
「ま、まあ、がんばれ」
「ヒロ先生! 晶先生! あたしに英語、教えてください!」
「あ、晶先生……?」
瀬戸は「先生」と呼ばれて満更でもなさそうだった。
俺は、三人のそんなやりとりを横目で見る。なんとも情けない。
香西の体調を崩す作戦は失敗してしまったし、しかもそれは落合さんに知られてしまっている。
この時点で、俺はかなり痛い人物だと思われているだろう。
その場にいられなくなって、俺はすぐに踵を返した。
本当は、ライバル宣言でもして正々堂々と戦いたいのに、俺にはそんな度胸もないのだった。
*
「……また、学年二位か……」
自宅のリビングで親父と向かい合ってソファに座る。
テストの結果を見せると、親父は落胆とも歓喜とも取れない低い声で言った。
細い銀縁のメガネを中指でくいっと上げ、レンズを光らせる。
「また」という言葉が重くのしかかった。
何も言い返せずに黙っていると、親父は結果表から目を離して顔を上げた。
「そういえば、訊いたことなかったが、一位はそんなにすごい子なのか?」
「すごいなんてもんじゃないよ。学校はサボるくせにテストだけは一位だなんて。俺は絶対に香西に一泡吹かせてやりたいんだ! ……でも、結果はご覧の通りだよ」
「……香西? もしかして、香西ヒロ君か?」
「親父、知ってるのか?」
俺は、香西がクラスメイトであることを告げた。
「なるほど、同じ学校なのは知っていたが、クラスメイトか。今までの結果も頷けるな。ま、相手が香西先生の子なら仕方がない! おまえも、よく頑張った!」
親父が、急にあっけらかんとした態度になった。
「香西……先生?」
「おまえ、知らなかったのか? ヒロ君は、医学界でも有名な香西先生の息子さんだ。根本的に頭のデキが違うんだろうよ」
「根本的に……違う……」
「ああいや、おまえも努力してるのは認める! 現に、おまえが一位だったこともあったわけだし!」
俺がしゅんとすると、親父は慌ててフォローを入れてきた。
なんだか、余計に惨めな気がする。
「ただ、あの家系は次元が違うと感じることがあるよ」
親父は、香西家について教えてくれた。
香西のご両親が医者であったこと、親父の先輩であったこと。
とても評判の良い医者だったが、飛行機事故で亡くなったらしい。
そして、香西のお兄さんも医者になり、海外でそれなりの地位についていると。
そんなにすごい人の息子だったなんて。
敵わないわけだ。
弱点を見つけて出し抜こうなんて、甘い考えだったようだ。
「でも、俺だって鳴沢有人の息子だ!」
「おお、その意気だ。次も頑張れ」
*
次の週末、俺は朝から自室で受験勉強をしていた。
しかし、英語の辞書を学校に置き忘れたのを思い出す。
ネットで調べてもいいのだが、俺は本の辞書でないと落ち着かない性分だ。
「しまったな……。仕方がない、親父のを借りるか……」
あまり書斎を引っ掻き回すと叱られるのだが。
念の為ノックして入ると、親父はいなかった。
今日は休日だが、仕事があると言ってさっき出て行ったばかりだ。
辞書を探していると、机の上にぽんと置かれた、大きめの封筒が目に入る。
留め具で紐綴じができるタイプなので、一目で書類が入っているものだとわかった。
さては親父のやつ、忘れていったな?
俺は、親父の書類かどうか、確認のつもりでその封筒の中身を見てしまった。
「……えっ!?」
まず目に飛び込んで来たのは、患者の氏名。
そこに記載されていたのは、香西の名前だった。
これ、香西のカルテなのか!?
親父、こんな重要書類を……忘れちゃいけないやつだろ!?
と思いつつも、俺はさらにカルテを封筒からゆっくりと引き出した。
ほんの出来心だった。
これを見れば、香西の弱点か何かがわかるかもしれない。
俺はそんな邪な考えと緊張した面持ちで、目線を徐々に下へ持っていく。
氏名の下に生年月日、そして、性別。
そこに書かれていたのは。
性別・女 の箇所に書かれた、いびつな形の◯だった。