*
放課後。
家に帰って勉強……新聞部のネタも考えないと……などと考えながら校門に向かっていた時、落合さんが男子生徒に声をかけられる場面を見てしまった。
男子生徒は、たしかD組の林田だったか。
落合さんが一人なんて珍しいな。いつもは香西や他の友人と一緒にいたりするのに。
そういえば、香西はずっと何やら問題集を解いていた。
おそらく、迫河先生に課題でも出されたのだろう。
気になって遠くから観察していると、林田が落合さんの腕を掴んで校舎裏の方へ行こうとしていた。
おいおい、穏やかじゃないな。
しかし、これはネタの匂いがする。
そう思った俺はスマートフォンを手にして二人の後を尾けることにした。
「落合さん、俺と付き合ってください!」
まっすぐな告白が、こちらまで聞こえてきた。
木の影に隠れて見ていると、林田はよろしくお願いします! と手を差し出している。
これはシャッターチャンスだ。充分ネタになる。
スマートフォンを構えて、画面越しに二人を覗き込んだ。
しかし、落合さんは今までに告白されてきてすべて断っているらしい。
それなのに堂々と告白とは、玉砕覚悟なのだろうか。その勇気は讃えよう。
「あ、あー……。ごめんね、あたし好きな人いるんだー」
予想どおり、落合さんは断った。
しかも極力暗い雰囲気にならないよう、明るく言うことで相手に配慮している。
「知ってるよ。それって香西ヒロだろ? でも、付き合ってないんだよね?」
「いや、違うけど……」
落合さんは訂正したが、小声だったため林田には聞こえていないようだ。
ふん、ニワカめ。
落合さんが好きなのは、香西のお兄さんなんだよ。
そんなことも知らずに、よくもまあ彼女のことが好きだなどと言えたものだな。
これくらいは、新聞部としてリサーチ済みだ。
香西を出し抜くのに、何が有利な情報になるかわからないからな。
本人だけでなく、その周りの人物を知っておくのも抜かりはない。
「じゃあ、お試しでいいからさ、俺と付き合ってよ!」
「いや、お試しって……」
なるほど、お試しか。恋愛の駆け引きとして一つの手段ではある。
だが、好きな人がいる相手には効果が薄い。落合さんも困っている。
さあ、次はどう出る?
「絶対、損はさせないからさ! たのむよ、付き合ってよ!」
林田はだんだん声を荒げていき、ついには落合さんの腕を掴んだ。
「痛いよ、離して!」
これはまずい。
痛みが出るほどの接触はダメだろう。
俺は、迷わずシャッターボタンを押した。
カシャリという電子音で、二人ともこちらに気づく。
「はーい、ネタゲット!」
今、偶然通りかかりました風を装って二人に近づいた。
「鳴沢くん……!」
「いやー、相変わらずモテモテだねぇ、落合さん。おかげでネタに困らないよ」
「な、鳴沢、てめぇ……」
おっと、敵意がこちらに向いてしまった。
スマートフォンの画面を林田に向けて、迎撃する。
「これ以上しつこいようなら、さっきの写真を記事にさせてもらうけど?」
「くそっ、覚えてろよ!」
林田は、捨て台詞を吐いて去っていった。
「やあ、災難だったね」
話しかけた途端に、落合さんは眉を顰める。
「ただ助けてくれたんじゃないでしょ? 何か企んでるの?」
「鋭いね」
「鳴沢くんの新聞部での評判は、みんな知ってるからね」
俺が新聞部に入部した経緯は香西のことだが、入部した以上学校新聞の作成もしなければならなかった。
その時に俺は真面目なネタを持っていなくて、良くないこととはわかっていながらも、ゴシップ記事のような物が多かったのだ。おかげで神楽さんには怒られるし、先生方にも何度か注意を受けた。
しかし、一部の生徒には大絶賛だった。記事の内容がどうとかではなく、医者の息子で真面目そうな俺が、そんな記事を書いたことが受けたらしい。
「お褒めいただき、ありがとう」
「褒めてない褒めてない」
一応お礼を言ったが、やはり悪い評判の方だったか。
「じゃあ、早速交渉と行こうか。香西の弱点を教えてほしい」
「ヒロの弱点……?」
「苦手なものや嫌いな食べ物、なんでもいい」
「それを知ってどうするの?」
「もちろん、次のテストで──ああ、いや! それは教えられない!」
危ない危ない。
それを知られてしまったら、情報を引き出せなくなってしまう。
「弱点を教えてくれたら、さっきのデータは消そう。記事にもしない」
「えー……? ヒロに弱点なんて……」
落合さんは、さらに困った顔をして悩んでいる。
別に逃げることもできるだろうに、律儀に会話してくれている。
助けた恩義は感じてくれているのかもしれない。
「あっ、そうだ。嫌いな食べ物なら、あるよ!」
思い出したように、急に明るい顔になった。
「あるのか! それはなんだ?」
「ヒロは、甘いものが苦手で、特にプリンが嫌いなの」
「ほう、プリン」
「食べると、お腹壊しちゃうんだって」
「なるほど……」
しかし弱点はわかったが、嫌いなものを食べさせるにはどうしたらいいんだろう?
悩んでいると、落合さんが付け加えるように作戦を言ってくれた。
「話は変わるけど、ヒロってああ見えて優しいから、下級生の子に人気なんだって。カワイイ後輩がこっそりとプリンを差し入れてくれたら、きっと無理してでも食べちゃうんじゃないかな?」
「なるほど!」
「じゃあ約束通り、データは消してね」
「ああ、約束だからな!」
俺はスマートフォンのカメラ画面を開き、先ほどの写真データを落合さんの目の前で消してみせた。
「ありがとう! これで次のテストは、いい結果が出せそうだ! じゃ!」
俺が去ろうとすると、落合さんは笑顔で黙って手を振ってくれた。
香西の弱点を教えてくれるなんて、いい子じゃないか。
しかし、考えようによっては自身の保身のために幼馴染を売ったとも取れる。
もし後者なら、落合さんは恐ろしい悪女なのかもしれない。
意気揚々として校門を出る。
俺はこの時、彼女の罠にハマっていたことに気づいていなかったのだ……。
放課後。
家に帰って勉強……新聞部のネタも考えないと……などと考えながら校門に向かっていた時、落合さんが男子生徒に声をかけられる場面を見てしまった。
男子生徒は、たしかD組の林田だったか。
落合さんが一人なんて珍しいな。いつもは香西や他の友人と一緒にいたりするのに。
そういえば、香西はずっと何やら問題集を解いていた。
おそらく、迫河先生に課題でも出されたのだろう。
気になって遠くから観察していると、林田が落合さんの腕を掴んで校舎裏の方へ行こうとしていた。
おいおい、穏やかじゃないな。
しかし、これはネタの匂いがする。
そう思った俺はスマートフォンを手にして二人の後を尾けることにした。
「落合さん、俺と付き合ってください!」
まっすぐな告白が、こちらまで聞こえてきた。
木の影に隠れて見ていると、林田はよろしくお願いします! と手を差し出している。
これはシャッターチャンスだ。充分ネタになる。
スマートフォンを構えて、画面越しに二人を覗き込んだ。
しかし、落合さんは今までに告白されてきてすべて断っているらしい。
それなのに堂々と告白とは、玉砕覚悟なのだろうか。その勇気は讃えよう。
「あ、あー……。ごめんね、あたし好きな人いるんだー」
予想どおり、落合さんは断った。
しかも極力暗い雰囲気にならないよう、明るく言うことで相手に配慮している。
「知ってるよ。それって香西ヒロだろ? でも、付き合ってないんだよね?」
「いや、違うけど……」
落合さんは訂正したが、小声だったため林田には聞こえていないようだ。
ふん、ニワカめ。
落合さんが好きなのは、香西のお兄さんなんだよ。
そんなことも知らずに、よくもまあ彼女のことが好きだなどと言えたものだな。
これくらいは、新聞部としてリサーチ済みだ。
香西を出し抜くのに、何が有利な情報になるかわからないからな。
本人だけでなく、その周りの人物を知っておくのも抜かりはない。
「じゃあ、お試しでいいからさ、俺と付き合ってよ!」
「いや、お試しって……」
なるほど、お試しか。恋愛の駆け引きとして一つの手段ではある。
だが、好きな人がいる相手には効果が薄い。落合さんも困っている。
さあ、次はどう出る?
「絶対、損はさせないからさ! たのむよ、付き合ってよ!」
林田はだんだん声を荒げていき、ついには落合さんの腕を掴んだ。
「痛いよ、離して!」
これはまずい。
痛みが出るほどの接触はダメだろう。
俺は、迷わずシャッターボタンを押した。
カシャリという電子音で、二人ともこちらに気づく。
「はーい、ネタゲット!」
今、偶然通りかかりました風を装って二人に近づいた。
「鳴沢くん……!」
「いやー、相変わらずモテモテだねぇ、落合さん。おかげでネタに困らないよ」
「な、鳴沢、てめぇ……」
おっと、敵意がこちらに向いてしまった。
スマートフォンの画面を林田に向けて、迎撃する。
「これ以上しつこいようなら、さっきの写真を記事にさせてもらうけど?」
「くそっ、覚えてろよ!」
林田は、捨て台詞を吐いて去っていった。
「やあ、災難だったね」
話しかけた途端に、落合さんは眉を顰める。
「ただ助けてくれたんじゃないでしょ? 何か企んでるの?」
「鋭いね」
「鳴沢くんの新聞部での評判は、みんな知ってるからね」
俺が新聞部に入部した経緯は香西のことだが、入部した以上学校新聞の作成もしなければならなかった。
その時に俺は真面目なネタを持っていなくて、良くないこととはわかっていながらも、ゴシップ記事のような物が多かったのだ。おかげで神楽さんには怒られるし、先生方にも何度か注意を受けた。
しかし、一部の生徒には大絶賛だった。記事の内容がどうとかではなく、医者の息子で真面目そうな俺が、そんな記事を書いたことが受けたらしい。
「お褒めいただき、ありがとう」
「褒めてない褒めてない」
一応お礼を言ったが、やはり悪い評判の方だったか。
「じゃあ、早速交渉と行こうか。香西の弱点を教えてほしい」
「ヒロの弱点……?」
「苦手なものや嫌いな食べ物、なんでもいい」
「それを知ってどうするの?」
「もちろん、次のテストで──ああ、いや! それは教えられない!」
危ない危ない。
それを知られてしまったら、情報を引き出せなくなってしまう。
「弱点を教えてくれたら、さっきのデータは消そう。記事にもしない」
「えー……? ヒロに弱点なんて……」
落合さんは、さらに困った顔をして悩んでいる。
別に逃げることもできるだろうに、律儀に会話してくれている。
助けた恩義は感じてくれているのかもしれない。
「あっ、そうだ。嫌いな食べ物なら、あるよ!」
思い出したように、急に明るい顔になった。
「あるのか! それはなんだ?」
「ヒロは、甘いものが苦手で、特にプリンが嫌いなの」
「ほう、プリン」
「食べると、お腹壊しちゃうんだって」
「なるほど……」
しかし弱点はわかったが、嫌いなものを食べさせるにはどうしたらいいんだろう?
悩んでいると、落合さんが付け加えるように作戦を言ってくれた。
「話は変わるけど、ヒロってああ見えて優しいから、下級生の子に人気なんだって。カワイイ後輩がこっそりとプリンを差し入れてくれたら、きっと無理してでも食べちゃうんじゃないかな?」
「なるほど!」
「じゃあ約束通り、データは消してね」
「ああ、約束だからな!」
俺はスマートフォンのカメラ画面を開き、先ほどの写真データを落合さんの目の前で消してみせた。
「ありがとう! これで次のテストは、いい結果が出せそうだ! じゃ!」
俺が去ろうとすると、落合さんは笑顔で黙って手を振ってくれた。
香西の弱点を教えてくれるなんて、いい子じゃないか。
しかし、考えようによっては自身の保身のために幼馴染を売ったとも取れる。
もし後者なら、落合さんは恐ろしい悪女なのかもしれない。
意気揚々として校門を出る。
俺はこの時、彼女の罠にハマっていたことに気づいていなかったのだ……。