*
総合一位 鳴沢佑二
期末テストの結果発表の日。それを見た時は、一瞬目を疑った。
香西は退院して、リモートで授業を受けている。おそらく自主勉強もしているだろう。
俺は、初めて香西に勝ったのだ。
昔の俺なら、諸手を挙げて喜んだだろう。
しかし、今は違う。
自分の努力の結果が出たことは素直に嬉しいが、勝ったことに喜べないのだ。
あんなにもこだわっていたのに、自分の気持ちに気づいてから、どうでもよくなっていた。
ほんの少しの虚しさがあった。
俺はまたいつものように、自席から斜め前の空席を見つめる。
──会いたい。
どうしたら会えるだろうか?
直接が無理なら、遠くからでも……。
また、落合さんに相談するか……?
でも、気持ちを悟られるのも恥ずかしい。
それに、最近は香西のことで一緒にいることが多くなって、なんとなく噂されていて困っている。
そういえば、この間みんなでお見舞いに行った時、神楽さんが……。
『デートしよう!』
って言っていたな……。
神楽さんのよく通る声は、閉じた扉を挟んでいても聞こえてきた。
同性は大丈夫なのか。
なんだか、悔しいな。
もうデートはしたのだろうか?
神楽さんに訊けば教えてくれるだろうか?
まさか、ライバルが神楽さんになるとは思わなかった。
*
次の日曜日、神楽さんに教えてもらった遊園地に、一人で来た。
……なにをやっているんだ、俺は。
せめてクラスの誰かを誘うとかあっただろう。
しかし、落合さんや瀬戸は、なんとなく誘いづらかった。
かといって、香西の正体を知らない人物を誘うわけにもいかず……。
植木の茂みに隠れ、心配で様子を見に来てしまった。
神楽さんは、いつもの明るい調子で、香西をぐいぐい引っ張っていく。
「あいつ、大丈夫かな……」
すると、その隣の茂みで聞き覚えのあるソプラノボイスが聞こえた。
「ヒロ、大丈夫かな〜」
「ん……?」
お互い、同時にその存在に気づく。
「な、なんで鳴沢くんがここにーー!?」
「お、落合さんこそ……!」
「あたしは、ただヒロが心配で……!」「俺は、香西が心配──」
「えっ?」「あっ、いや!」
言葉が重なり、急に本心を言うのが恥ずかしくなった。
「たまたま……偶然……通りかかった……的な?」
苦しい言い訳しか出てこない。
「遊園地はたまたま偶然通りかかるような場所じゃないよ……」
鋭い突っ込みが入って、ぐうの音も出ない。
「そ、そうだよな……」
「ヒロを心配して来てくれたんだ?」
「い、一応……な」
「優しいとこ、あるんだねぇ〜」
落合さんは、ニヤニヤしながら言ってきた。
ああ、これはもう俺の気持ちはバレているな。
観念して、俺は今日一日、落合さんと一緒に尾行をするのだった。
*
香西と神楽さんは、一通りアトラクションを楽しんだ後、フードコートに入って行った。
ふぅ、俺達もやっと休憩できる……と、なんとか適度な距離の席を確保できた。
なるべく顔を伏せながら見ていると、二人でハンバーガーを食べていた。
俺達も、持参したおにぎりで素早く昼食を取る。
「今のところ、順調なようね……」
「そうだな……」
まるで探偵ごっこだ。
考えてみたら、遊園地に来ているというのに、俺達はひとつもアトラクションを楽しんでいない。
「あっ、立ち上がった!」
「ま、待ってくれ、むぐぐ」
最後の一口を、お茶と一緒に急いで飲み込んだ。
神楽さんは、香西の手を引っ張って走っていく。
走るの早いな……!
しかも隠れる場所が少なくて、少し遠い場所からしか見守れない。
二人がお化け屋敷に向かうのを見て、落合さんは声を上げた。
「ま、まずい!」
「えっ、何が?」
「ヒロ、 暗いところが苦手なの……!」
「はっ?」
「お化けは平気だと思うんだけど、 暗闇が……」
今になって香西の本当の弱点がわかるとは。
しかし、暗闇が怖いなんて、かわいいところもあるじゃないか。
香西は入るのをためらっていて、やはり神楽さんに引っ張られて行った。
「大変だ、助けに行かないと……!!」
「気持ちはわかるけど、堪えてーー!!」
しばらくして、外のスピーカーから、香西の悲鳴らしきものが聞こえてきた。
他の人の悲鳴も聞こえる。
どうやら、中にいる人の悲鳴が聞こえるようになっているようだ。
さらに数分後、二人はお化け屋敷から出てきて、香西は外のベンチでぐったりしていた。
本当に大丈夫かな……。
その後、二人はゲームコーナーに入っていった。
香西はクレーンゲームで集中し、見事にぬいぐるみをゲットしている。
「あげるよ、神楽さんに」
「香西くんの、本当に好きな子にあげなくていいの……?」
「えっ? どういう意味?」
「……好きな子、いるんでしょ?」
「ええっ? いないけど!?」
そんな会話をしていたかと思うと、神楽さんは、またも香西を引っ張って、ゲームコーナーから出ていった。
十二月にもなると日が落ちるのは早く、辺りはすっかり夕焼け色に染まっていた。
もうすぐ閉園時間だ。人がまばらになっていく。
二人はひと気のない隅の方へ移動し、なにか話している。
ここも隠れる場所がなかったので、遠くからしか見えない。
「なに話してるんだろ……」
落合さんも、俺も耳を澄ますが、二人の会話は全く聞こえない。
しかし、深刻そうな顔をして話している。
その時間が、とても長く感じられた。
「鳴沢くん」
落合さんが、俺の名前を呼んだ。
「鳴沢くんって、ヒロのこと──」
「ダメだろ、その先は」
少し強い口調で言ってしまい、落合さんはビクッとなった。
「……わかってるよ、俺だって」
話が終わったのか、出口に向かう二人の姿を、横目で追う。
香西の背中を見て、それがとても遠く感じられた。
「でも、気持ちを伝えられないのが、こんなに辛いなんて……思ってもみなかった」
気持ちだけじゃない。今は、近づくことさえ許されない。
俺ができることは、なにもない。
項垂れていると、落合さんが声を張り上げた。
「ヒロは、絶対治るよ!」
俺を励ますように、香西を信じるように。
「あたしの大好きな、邦ちゃんが薬を作ってるんだもん。絶対治る!!」
目にいっぱい涙を溜めて、無理に笑顔を作ろうとしているのがわかる。
しかし、それも長くは持たず、落合さんはポロポロと涙を流し始めた。
「だから……だから、待っててあげてよ……」
「わ、わかったから、涙を拭いてくれ……!」
知り合いに見られてはまずいと、慌ててハンカチを渡そうとした。
しかし落合さんは「大丈夫」と言って、自分のハンカチを取り出す。
閉園アナウンスが響き渡る。
俺達は、それぞれの想いを抱きながら、冬の遊園地を後にした。
総合一位 鳴沢佑二
期末テストの結果発表の日。それを見た時は、一瞬目を疑った。
香西は退院して、リモートで授業を受けている。おそらく自主勉強もしているだろう。
俺は、初めて香西に勝ったのだ。
昔の俺なら、諸手を挙げて喜んだだろう。
しかし、今は違う。
自分の努力の結果が出たことは素直に嬉しいが、勝ったことに喜べないのだ。
あんなにもこだわっていたのに、自分の気持ちに気づいてから、どうでもよくなっていた。
ほんの少しの虚しさがあった。
俺はまたいつものように、自席から斜め前の空席を見つめる。
──会いたい。
どうしたら会えるだろうか?
直接が無理なら、遠くからでも……。
また、落合さんに相談するか……?
でも、気持ちを悟られるのも恥ずかしい。
それに、最近は香西のことで一緒にいることが多くなって、なんとなく噂されていて困っている。
そういえば、この間みんなでお見舞いに行った時、神楽さんが……。
『デートしよう!』
って言っていたな……。
神楽さんのよく通る声は、閉じた扉を挟んでいても聞こえてきた。
同性は大丈夫なのか。
なんだか、悔しいな。
もうデートはしたのだろうか?
神楽さんに訊けば教えてくれるだろうか?
まさか、ライバルが神楽さんになるとは思わなかった。
*
次の日曜日、神楽さんに教えてもらった遊園地に、一人で来た。
……なにをやっているんだ、俺は。
せめてクラスの誰かを誘うとかあっただろう。
しかし、落合さんや瀬戸は、なんとなく誘いづらかった。
かといって、香西の正体を知らない人物を誘うわけにもいかず……。
植木の茂みに隠れ、心配で様子を見に来てしまった。
神楽さんは、いつもの明るい調子で、香西をぐいぐい引っ張っていく。
「あいつ、大丈夫かな……」
すると、その隣の茂みで聞き覚えのあるソプラノボイスが聞こえた。
「ヒロ、大丈夫かな〜」
「ん……?」
お互い、同時にその存在に気づく。
「な、なんで鳴沢くんがここにーー!?」
「お、落合さんこそ……!」
「あたしは、ただヒロが心配で……!」「俺は、香西が心配──」
「えっ?」「あっ、いや!」
言葉が重なり、急に本心を言うのが恥ずかしくなった。
「たまたま……偶然……通りかかった……的な?」
苦しい言い訳しか出てこない。
「遊園地はたまたま偶然通りかかるような場所じゃないよ……」
鋭い突っ込みが入って、ぐうの音も出ない。
「そ、そうだよな……」
「ヒロを心配して来てくれたんだ?」
「い、一応……な」
「優しいとこ、あるんだねぇ〜」
落合さんは、ニヤニヤしながら言ってきた。
ああ、これはもう俺の気持ちはバレているな。
観念して、俺は今日一日、落合さんと一緒に尾行をするのだった。
*
香西と神楽さんは、一通りアトラクションを楽しんだ後、フードコートに入って行った。
ふぅ、俺達もやっと休憩できる……と、なんとか適度な距離の席を確保できた。
なるべく顔を伏せながら見ていると、二人でハンバーガーを食べていた。
俺達も、持参したおにぎりで素早く昼食を取る。
「今のところ、順調なようね……」
「そうだな……」
まるで探偵ごっこだ。
考えてみたら、遊園地に来ているというのに、俺達はひとつもアトラクションを楽しんでいない。
「あっ、立ち上がった!」
「ま、待ってくれ、むぐぐ」
最後の一口を、お茶と一緒に急いで飲み込んだ。
神楽さんは、香西の手を引っ張って走っていく。
走るの早いな……!
しかも隠れる場所が少なくて、少し遠い場所からしか見守れない。
二人がお化け屋敷に向かうのを見て、落合さんは声を上げた。
「ま、まずい!」
「えっ、何が?」
「ヒロ、 暗いところが苦手なの……!」
「はっ?」
「お化けは平気だと思うんだけど、 暗闇が……」
今になって香西の本当の弱点がわかるとは。
しかし、暗闇が怖いなんて、かわいいところもあるじゃないか。
香西は入るのをためらっていて、やはり神楽さんに引っ張られて行った。
「大変だ、助けに行かないと……!!」
「気持ちはわかるけど、堪えてーー!!」
しばらくして、外のスピーカーから、香西の悲鳴らしきものが聞こえてきた。
他の人の悲鳴も聞こえる。
どうやら、中にいる人の悲鳴が聞こえるようになっているようだ。
さらに数分後、二人はお化け屋敷から出てきて、香西は外のベンチでぐったりしていた。
本当に大丈夫かな……。
その後、二人はゲームコーナーに入っていった。
香西はクレーンゲームで集中し、見事にぬいぐるみをゲットしている。
「あげるよ、神楽さんに」
「香西くんの、本当に好きな子にあげなくていいの……?」
「えっ? どういう意味?」
「……好きな子、いるんでしょ?」
「ええっ? いないけど!?」
そんな会話をしていたかと思うと、神楽さんは、またも香西を引っ張って、ゲームコーナーから出ていった。
十二月にもなると日が落ちるのは早く、辺りはすっかり夕焼け色に染まっていた。
もうすぐ閉園時間だ。人がまばらになっていく。
二人はひと気のない隅の方へ移動し、なにか話している。
ここも隠れる場所がなかったので、遠くからしか見えない。
「なに話してるんだろ……」
落合さんも、俺も耳を澄ますが、二人の会話は全く聞こえない。
しかし、深刻そうな顔をして話している。
その時間が、とても長く感じられた。
「鳴沢くん」
落合さんが、俺の名前を呼んだ。
「鳴沢くんって、ヒロのこと──」
「ダメだろ、その先は」
少し強い口調で言ってしまい、落合さんはビクッとなった。
「……わかってるよ、俺だって」
話が終わったのか、出口に向かう二人の姿を、横目で追う。
香西の背中を見て、それがとても遠く感じられた。
「でも、気持ちを伝えられないのが、こんなに辛いなんて……思ってもみなかった」
気持ちだけじゃない。今は、近づくことさえ許されない。
俺ができることは、なにもない。
項垂れていると、落合さんが声を張り上げた。
「ヒロは、絶対治るよ!」
俺を励ますように、香西を信じるように。
「あたしの大好きな、邦ちゃんが薬を作ってるんだもん。絶対治る!!」
目にいっぱい涙を溜めて、無理に笑顔を作ろうとしているのがわかる。
しかし、それも長くは持たず、落合さんはポロポロと涙を流し始めた。
「だから……だから、待っててあげてよ……」
「わ、わかったから、涙を拭いてくれ……!」
知り合いに見られてはまずいと、慌ててハンカチを渡そうとした。
しかし落合さんは「大丈夫」と言って、自分のハンカチを取り出す。
閉園アナウンスが響き渡る。
俺達は、それぞれの想いを抱きながら、冬の遊園地を後にした。