「ヒロー。あたし、先に図書室に行ってるね」
「ああ、後で行くよ」

 掃除用具入れからホウキを出しながら、返事をする。
 るきあは、鞄を持って教室から出ていった。
 中間テストの結果が出た日から、週三回くらいのペースで図書室でるきあの勉強を見てやっている。
 英語は晶に任せているが、その他の教科はオレが担当。特に数学、物理だ。
 るきあには昔から世話になっているし、それ自体は苦ではない。
 ……それ自体は。
 
「はいはい、サボってないで、さっさと掃除して帰ろうぜー」

 他の男子生徒に声をかけながら、ホウキで床を掃く。
 
「おまえはいいよなー。掃除が終わったら、落合さんと図書室で待ち合わせてるんだろ?」
「いや、晶と一緒に勉強してるだけだって」

 問題は、これなのだ。
 るきあが男子に人気があるから、嫉妬や羨望の目がこちらに向けられる。
 
「このーっ、うらやましいぞ!!」
「おおい、やめろって!」
 
 男子生徒がふざけてオレを羽交い締めにする。
 そのまま、バランスを崩して誰かの机で腰を打った。

「いたっ!」

 ちょっと涙目になりながら腰をさすると、男子生徒はようやく離れてくれた。
 
「わ、悪い……。掃除、しなきゃな……」
「まったく……」

 位置がずれてしまったのは、るきあの机だった。
 元の位置に戻そうとした時、何かがひらりと落ちた。
 シンプルな白い封筒だ。
 拾ってみると、宛名も差出人も書かれていない。

「さては、るきあのヤツ、ラブレターでももらったかぁ?」
 
 冗談まじりに呟いたが、危ない危ない。
 こんなこと、他の男子生徒に聞かれたら大変だ。
 掃除が終わったら届けてやることにした。



 ようやく掃除が終わって、早足で図書室へ向かう途中、危うく手紙を落としそうになった。
 
「おっと……」

 床に落ちる前に、空中でキャッチする。
 
「……あれ?」
 
 これ、一度開けた形跡がある……。
 よく見ると、のりの接着が弱くシワシワになっていたのだ。
 るきあのヤツ、図書室なんかに行ってていいのか?
 ラブレターなら呼び出されていたりするんじゃないだろうか?
 ちょっと確認させてもらおうと、中身を出した。

『香西へ』

 そこに書かれていたのは、なぜかオレの名前だった。

「……ん? オレ宛て!?」

 一瞬目を疑って、もう一度見た。
 たしかにオレの名前が書かれている。
 この学校で『香西』という苗字はオレ一人しかいないし、るきあの机から出てきたのならやはりオレ宛てなのだろう。
 
「おいおい、 人宛ての手紙を勝手に開けるなよ〜」

 ……あ、もしかし ラブレターかもしれないから……とか?
 この手紙に愛の告白なんて書かれていた日には、また発作が起こってしまうかもしれない。
 おそらく、るきあはそれを懸念して中身を確認した。
 しかし、オレが告白されて問題なのは異性からのみ。
 異性からのラブレターの確率は低いだろう。
 
 でも、オレに見せずにるきあの机に入っていたということは、何か良くない手紙なのかもしれない。
 オレは、ここから下へ目線をずらすべきではないのかもしれない。
 そう思うと、オレの心臓は緊張でバクバクと激しく脈打った。
 今なら引き返せる。
 このまま手紙を封筒の中へ戻せば、何もなかったことにできる。
 
 でも……。

 嫌だ。
 
 このまま、一生腫れ物みたいに扱われて。
 みんなに 気を遣わせて生きていくなんて……。
 
「まっぴらゴメンなんだ!!」

 オレは、覚悟を決めて手紙の続きを読んだ。

  
『香西へ
 
  もう気づいているかもしれないが、
  十年前のシャイニングマンは、俺だ。
  俺はあの時、ただ無我夢中でシャイニングマンになりきっていたと思う。
  おまえのことを何も知らずに、決めゼリフまで言ってしまっていたほどだ。
  後で親父に怒られたよ。

  謝りたいと思ったが、親父に「近づいてはいけない」と釘を刺された。
  当時は学校も違ったし、俺はそのままそのことを忘れていった。
  だけど、偶然おまえの病気のことを知ってしまって、思い出した。

  だから、あの時の事を謝りたい。
  これは、罪悪感から逃れたい完全な俺のエゴだと思う。
  どうか許してほしい』

 
「そんな……」

 手が震えた。
 差出人の名前は書いていないけれど、これは鳴沢からの手紙……。
 鳴沢は、こんな手紙を寄越すほどに、あの時のことを気にしていたんだ。
 思い出して、オレの病状を知って、だから直接言えなくて、るきあに渡したんだ……!
 ぱたぱたと雫が落ちて、手紙に書かれた文字がじわりと滲む。
 大粒の雨のように、文字の上に降り注いでいく。

 ちがう……。違うよ、鳴沢……!

 気づけば、オレは瞼を乱暴に拭って走り出していた。

 

 新聞部にいるかと思い、部室の扉を勢いよく開けた。
 しかし、鳴沢の姿はない。
 
「神楽さん、鳴沢は!?」
「えっ? ついさっき、帰ったけど……」
「ありがとう!」

 驚く神楽さんを置いて、オレはすぐに昇降口へ向かった。


 靴を履いて走り出す。
 靴箱に鳴沢の靴はもうなかった。
 走れば間に合うかどうかもわからないのに。
 そういえば、鳴沢の家ってどっちだったかな……?
 あの公園で出会ったから、南の方かな。
 通学は、徒歩? 自転車? バス?

 鳴沢のこと、何も知らない。
 あの公園で出会ったことしか、知らない。

 運良く学校脇の歩道で鳴沢の後ろ姿を見つけて、オレは叫んだ。
 
「鳴沢ーーーー!!」

 鳴沢は、びくっとなって立ち止まり、こちらを向いた。
 それ以上動く気配がなかったので、オレは早足で鳴沢に近づいた。
 
「か、香西……? どうしたんだ!?」

 かなり戸惑っている。
 それはそうだろう、近づいてはいけないと言われている相手に近づかれたのだから。
 オレは息を切らせて、なんとか言葉を絞り出した。
 
「手紙……! 手紙読んだ!」
「えっ!?」

 少しシワのできた白い封筒を、鳴沢に見せる。
 せっかく鳴沢が気を使ってくれていたのに、オレは全部台無しにしてしまうかもしれない。
 でも、これだけは言いたかった。
 
「おまえのせいじゃないから!」
「でも、俺の決め台詞のせいで……」
「あれは、シャイニングマンの決め台詞! そこに他意はないって知ってる!」

 あの頃は、オレもシャイニングマンを観ていた。
 だから、「言葉」じゃなく「台詞」だったことはわかる。
 
「あの時は、あの男のせいだから! だから、おまえのせいじゃない!」

 謝らなくていい。
 それでも鳴沢が気にするなら、オレはずっと言い続ける。
 オレの病気のせいで、誰も傷ついてほしくない。
 
「それだけ、言いたかっ……」

 ドクン。
 心臓が、急に強く脈打つ。

 あ……れ……?
 
 さっきの手紙の時の比じゃない。
 それは、だんだんと早く強くなって……。
 
 う、そ……だろ……? これじゃ、また鳴沢が……。

 鳴沢が、自分を責めて、しまう……。

 手紙がオレの手を離れて、ゆっくりと落ちていく。
 オレはその場に膝をつき、地面に倒れ込んだ。
 
「香西!!」

 鳴沢の、心配そうな声が聞こえる。
 目の前はぼやけて焦点が合わない。
 
「香西! しっかりしろー!!」

 頭の遠くの方で、鳴沢の声が聞こえて、
 ぷつりと意識が途切れた。