*
あれはたしか、十年くらい前のことだったと思う。
休日だというのに親父は書斎にこもって仕事をしていて、母さんも仕事で家にいなくて暇を持て余していた。
仕方なく一人で近所の公園へ行くと、甲高い叫び声が聞こえてきた。
「それもダメ!」
声のした方を見ると、黒髪でショートカットの子が怪しい男に絡まれている。
俺と同い年くらいの子だ。
も、もしかして、 ”ふしんしゃ”ってやつか!?
慌てて辺りを見回すが、他に大人の人はいない。
その子は叫んでいたが、誰もいなかったのだ。
よーし、シャイニングマンになってやっつけてやる!
大好きな戦隊モノのリーダーになりきって、俺はその子を助けることにした。
「とーーーーーーうっっ!!」
俺は、後ろから思いっきり男のふくらはぎ辺りに蹴りを入れた。
「いてっ!! なんだこのガキ……!」
「正義の味方、シャイニングマンたーんじょーうっ!!」
男は一瞬こちらを向いたが、何かハッとしたような顔をした。
そして、舌打ちをして逃げていった。
やったぁ、不審者をやっつけたぞ!!
俺は、満足げにその子に手を差し伸べ、シャイニングマンの決め台詞を言った。
「“俺が来たからには、もう安心だ! さあ姫、お手をどうぞ”」
リーダーがいつも助けたヒロインに言う言葉。
やっぱり、これがなくちゃシャイニングマンじゃない。
しかし、その子は俺の手を取るわけでもなく、その場にうずくまってしまった。
「うぐっ……げほっ、げほっ!!」
「ど、どうしたんだ!?」
苦しそうにしている。
どうしたらいいかわからずオタオタしていると、近くにいたツインテールの女の子が叫んだ。
「君、大人の人呼んできて! 早く!!」
「わ、わかった……!」
あれは何かの病気かもしれない。
それなら、家に戻って親父を呼んで来た方が早い!
そう考えながら走った。
「親父ーーーー!!」
書斎の扉を乱暴に開ける。親父が家にいて良かった。
「どうした、そんなに慌てて?」
「近くの公園で! ふしんしゃが! 絡まれてた子が苦しがってて!!」
息を切らせて、なんとか意味が通じるように説明する。
「わかった、すぐ行こう!」
親父を連れて公園へやってくると、変わらずあの子は苦しんでいた。
「親父、こっちだよ!」
「嫌な予感はしていたが、やっぱりヒロ君か!」
親父の知ってる子なのだろうか、しゃがんで声をかけている。
「これはいかん! 救急車を呼ぼう!」
言いながらスマートフォンを取り出して、すぐに119番を押す。
救急車が来るまでの間、親父はいろいろと処置をしていた。
当時の俺は何をしているかまではわからなかったが、初めて医者としての父親の姿を見て、かっこいいと思った。
そして、救急車が来て俺と親父と一緒にいた女の子は、付き添い人として一緒に鳴沢病院へ向かうのだった。
生まれて初めて救急車に乗って内心興奮していたが、そんな雰囲気じゃないことは俺にもわかった。
病院に到着して、すぐにストレッチャーであの子は運ばれて遠くなっていった。
向こうで親父と母さんが何かを話していて、俺の方をチラリと見た気がする。
一緒にいたツインテールの女の子は、親父と母さんから事情を訊かれていて、母さんと一緒にあの子のいる処置室へ入って行った。
俺だけ仲間外れなようでつまらなかった。
けれども、実際俺は部外者だし、親父を呼びに行くことしかできなかった。
付き添わずに家に帰っていれば良かった、と思いながら廊下の長椅子に座って足をぶらぶらさせていると、親父がやってきた。
「佑二。おまえ、あのショートヘアの子を助けたのか?」
あの女の子から事情を聞いたのか、そう訊ねてきた。
「うん、変なおじさんに絡まれてて、嫌そうだったから」
「危ないから、今度からそういう時は大人の人を呼びなさい」
「はい……」
と返事はしたものの、今日に限って周りに人がいなかったんだよ、と心の中で言い訳した。
「まあ、過ぎた事をグチグチと叱っても仕方ない。それよりも、その時の事を詳しく教えてくれないか?」
「えっと……。 シャイニングマンになりきって……。『姫、お手をどうぞ』って、助けようとしたら……」
少しずつ思い出して、辿々しくも説明した。
「苦しみ出した……?」
「うん……」
言い終わると、親父はため息をついた。
俺は、何か間違ったことをしてしまったのだろうか?
「いいか、佑二。 あの子は特殊な病気なんだ。おまえが近づくと、悪化してしまうかもしれない。だから、 今後会っても近づいてはいけないよ」
「そうなんだ……。友達になれるかと思ったのに、残念だな」
あの子達は同い年くらいだった。
でも見たことがない子だったから、きっと学校が違うのだろう。
「しかし、かなり危なかったが、あの子はもう大丈夫だ。さあ、一緒に帰ろう」
あの子はしばらく入院して、母さんが担当医になるという。
俺はあの子のことが気になっていたけど、医者には「守秘義務」があるから何も教えてもらえなかった。
ただ、数日後に「元気になって退院したよ」ということだけ教えてもらった。
元気になったのなら、また会えるかなと、あの公園に何度か行ったりもした。
でもそれ以降、あの子達が来ることはなく……。
十年の間に、すっかり記憶から抜けてしまっていたのだった。
あれはたしか、十年くらい前のことだったと思う。
休日だというのに親父は書斎にこもって仕事をしていて、母さんも仕事で家にいなくて暇を持て余していた。
仕方なく一人で近所の公園へ行くと、甲高い叫び声が聞こえてきた。
「それもダメ!」
声のした方を見ると、黒髪でショートカットの子が怪しい男に絡まれている。
俺と同い年くらいの子だ。
も、もしかして、 ”ふしんしゃ”ってやつか!?
慌てて辺りを見回すが、他に大人の人はいない。
その子は叫んでいたが、誰もいなかったのだ。
よーし、シャイニングマンになってやっつけてやる!
大好きな戦隊モノのリーダーになりきって、俺はその子を助けることにした。
「とーーーーーーうっっ!!」
俺は、後ろから思いっきり男のふくらはぎ辺りに蹴りを入れた。
「いてっ!! なんだこのガキ……!」
「正義の味方、シャイニングマンたーんじょーうっ!!」
男は一瞬こちらを向いたが、何かハッとしたような顔をした。
そして、舌打ちをして逃げていった。
やったぁ、不審者をやっつけたぞ!!
俺は、満足げにその子に手を差し伸べ、シャイニングマンの決め台詞を言った。
「“俺が来たからには、もう安心だ! さあ姫、お手をどうぞ”」
リーダーがいつも助けたヒロインに言う言葉。
やっぱり、これがなくちゃシャイニングマンじゃない。
しかし、その子は俺の手を取るわけでもなく、その場にうずくまってしまった。
「うぐっ……げほっ、げほっ!!」
「ど、どうしたんだ!?」
苦しそうにしている。
どうしたらいいかわからずオタオタしていると、近くにいたツインテールの女の子が叫んだ。
「君、大人の人呼んできて! 早く!!」
「わ、わかった……!」
あれは何かの病気かもしれない。
それなら、家に戻って親父を呼んで来た方が早い!
そう考えながら走った。
「親父ーーーー!!」
書斎の扉を乱暴に開ける。親父が家にいて良かった。
「どうした、そんなに慌てて?」
「近くの公園で! ふしんしゃが! 絡まれてた子が苦しがってて!!」
息を切らせて、なんとか意味が通じるように説明する。
「わかった、すぐ行こう!」
親父を連れて公園へやってくると、変わらずあの子は苦しんでいた。
「親父、こっちだよ!」
「嫌な予感はしていたが、やっぱりヒロ君か!」
親父の知ってる子なのだろうか、しゃがんで声をかけている。
「これはいかん! 救急車を呼ぼう!」
言いながらスマートフォンを取り出して、すぐに119番を押す。
救急車が来るまでの間、親父はいろいろと処置をしていた。
当時の俺は何をしているかまではわからなかったが、初めて医者としての父親の姿を見て、かっこいいと思った。
そして、救急車が来て俺と親父と一緒にいた女の子は、付き添い人として一緒に鳴沢病院へ向かうのだった。
生まれて初めて救急車に乗って内心興奮していたが、そんな雰囲気じゃないことは俺にもわかった。
病院に到着して、すぐにストレッチャーであの子は運ばれて遠くなっていった。
向こうで親父と母さんが何かを話していて、俺の方をチラリと見た気がする。
一緒にいたツインテールの女の子は、親父と母さんから事情を訊かれていて、母さんと一緒にあの子のいる処置室へ入って行った。
俺だけ仲間外れなようでつまらなかった。
けれども、実際俺は部外者だし、親父を呼びに行くことしかできなかった。
付き添わずに家に帰っていれば良かった、と思いながら廊下の長椅子に座って足をぶらぶらさせていると、親父がやってきた。
「佑二。おまえ、あのショートヘアの子を助けたのか?」
あの女の子から事情を聞いたのか、そう訊ねてきた。
「うん、変なおじさんに絡まれてて、嫌そうだったから」
「危ないから、今度からそういう時は大人の人を呼びなさい」
「はい……」
と返事はしたものの、今日に限って周りに人がいなかったんだよ、と心の中で言い訳した。
「まあ、過ぎた事をグチグチと叱っても仕方ない。それよりも、その時の事を詳しく教えてくれないか?」
「えっと……。 シャイニングマンになりきって……。『姫、お手をどうぞ』って、助けようとしたら……」
少しずつ思い出して、辿々しくも説明した。
「苦しみ出した……?」
「うん……」
言い終わると、親父はため息をついた。
俺は、何か間違ったことをしてしまったのだろうか?
「いいか、佑二。 あの子は特殊な病気なんだ。おまえが近づくと、悪化してしまうかもしれない。だから、 今後会っても近づいてはいけないよ」
「そうなんだ……。友達になれるかと思ったのに、残念だな」
あの子達は同い年くらいだった。
でも見たことがない子だったから、きっと学校が違うのだろう。
「しかし、かなり危なかったが、あの子はもう大丈夫だ。さあ、一緒に帰ろう」
あの子はしばらく入院して、母さんが担当医になるという。
俺はあの子のことが気になっていたけど、医者には「守秘義務」があるから何も教えてもらえなかった。
ただ、数日後に「元気になって退院したよ」ということだけ教えてもらった。
元気になったのなら、また会えるかなと、あの公園に何度か行ったりもした。
でもそれ以降、あの子達が来ることはなく……。
十年の間に、すっかり記憶から抜けてしまっていたのだった。