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 両親は離縁にならずに済んだことに喜びを隠せないようで、鷹臣が突然文乃を自宅からまるで連れ去りのように手を引いても何も言わなかった。荷物は後で送るから、とそれだけ言われた。
 妹の夏菜は鷹臣を見て心底驚いていた様子だったが、家を出るとき「お姉さま、いってらっしゃい」と微笑を浮かべながら送り出してくれた。
車夫が屋敷前で待っており、二人で乗り込み日本橋方面へと走り出す。その間、二人は無言だった。
泉の時はあんなにも自然に色々なことを喋ることが出来たというのに、今日は違う。
夫婦という関係になった途端に何を話せばいいのかわからないでいた。
それに、鷹臣には誤解をさせたままだ。

(…いずれ話そう。それは今日でなくてもいいでしょう。だって、そもそも何の連絡もなく放置していた旦那様が悪いのよ!)と、自分を納得させることにした。

 久我家に到着すると、文乃は思わず吃驚していた。

「どうした」
「いえ…驚いてしまって。あまりにも立派で」
「母屋を簡単に案内する。分からないことは使用人に聞いてくれ。その前に…話すことがある」

 立派な門構えの前で立ち竦む文乃に静かにそう言った鷹臣に文乃は自然に唇を真一文字に結んだ。
屋敷に入ると直ぐに使用人らしき人物が鷹臣を迎え入れる。
しかし…―。

「え、」

 “違和感”があった。挨拶をするのも忘れ、長身の若い女性を凝視していた。柔らかい雰囲気を醸し出し、目を細め会釈する。
半歩後ろにいる文乃を一瞥して鷹臣が小さな声で「やはり」といったのが聞こえた。

「…あやかし、」
「流石でございます。鷹臣様の奥様になられるお方は他の人間とは違いますね」
「わたくし、シノと申します。久我家の使用人をしております」
「文乃と申します。よろしくお願いいたします。あの、どうして妖が…―」
「それを今から話す」

 肩越しにそう言って歩き出す鷹臣についていく文乃。
文乃は長い廊下を歩きながら胸元に手をやった。心臓の音が煩い。まさか結婚相手の家で妖を見ることになるなど。それに、鷹臣も妖が見えている。その事実が余計に文乃を混乱させた。
屋敷内は和洋折衷の内装をしており、廊下には西洋の絵画が飾られていた。
長い廊下を進むと、奥の洋室に通された。

 大きな窓にかかるレースのカーテンに、大きな棚には大量の書物が並べられている。
扉側に質のいいブラウン色のソファに座るように促され文乃はぎこちない動きで腰を下ろした。

「まず、何故君を花嫁として迎え入れたのか話そう」
「はい」

無駄な話は一切挟まず、彼は口を開いた。文乃は自然に居住まいを正す。

「久我家は表向きとは別に裏の仕事がある。単刀直入に言いうと国の依頼で妖を討伐している」
「…あやかしを?」
そうだ、と言い彼は続けた。

「この世には普通の人間には見えない妖という人ではないものが存在する。君には見えているようだから割愛するが、内務省から直接依頼されている特別な仕事だ。先日辻斬りに襲われる事件があったことを覚えているか」

「はい、覚えております」

いつの間にか辻斬りの話題は消えていたことを思い出す。徐々に話の輪郭が掴めてくる。

「それも妖の仕業だ。久我家は唯一この帝都を守ることの出来る家系だ。その力がある」

 久我家が何故他の名家との繋がりがなかったのか、それはあえて距離を取り久我家の秘密を守る為だったこと。
久我家は妖と戦うことの出来る力を持つ唯一の一族だということ、その久我家にとって花嫁探しは非常に重要であることを告げられた。