「一人の時間が好きなのか」
「そうですね。こうして物思いに耽るのも好きです。私は養子としてもらわれてきた子供でしたから幼いころは家に居場所がなかったのです。今は慣れたのでそんなに気になりませんが」

文乃は家庭事情も見ず知らずの男に話していた。黙って聞く男はいつの間にか文乃へ熱い視線を向けていた。

「酷い扱を受けているのか」

男の凛々しい眉尻が若干下がっている。慌てて首を横に振る。

「まさか!妹からは陰湿な虐めのようなものは受けていましたがやり返したら何もしてこなくなりました」
「…や、やり返す?」
「はい!私、そんなに弱くないので」

誇らしげに八重歯を覗かせ、まるで無邪気な少女のように笑う文乃に男は驚いたように目を見開き、そしてふっと笑った。

「君は面白いな。そして強い」

 今度は文乃の方が動作を停止して男を凝視する。冷徹な男が口角を上げてくしゃっと顔を崩して笑う。こんな表情もするのか、と驚く。同時にこの人はこんなにも綺麗に、そして“温かく”笑うのかと思った。ドキン、と大きく胸が跳ねる。

「あ、あなたはどうしてここに?お仕事?」
「あぁ、そんなところだ。もう時間か」

 そう言うとすっと立ち上がる。無駄のない動きのせいか、一つ一つの動きに目が奪われる。
綺麗なのだ、全てが。すっと背筋を伸ばして

「楽しかったよ、文乃。ありがとう」
「…あ、はい」

そう言った。そのまま背を向け立ち去る彼の後姿を見つめ続けていたが、彼の姿が完全に見えなくなってからあることに気付いた。
「…文乃って言った?」
あれ、と思った。

「私…名前教えた…?」

 その日は一日中その男のことを考えていた。その男は頬の傷を見ても何も言わなかったし、何も聞かなかった。そしてあんなにも冷たい目を、表情をしていたくせに今度はあんなにも優しい笑みを向けてくれた。
また会いたいと、そう思ってしまった。