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 その頃、人間の世界の天本家は厄介なことになっていた。
「そんな……。あの川が氾濫したのは、天本家のせいではありません!」
 羽月と陽菜の父親が玄関先で村人たちに怒鳴っている。村ではこの間の雨で川が一つ氾濫して水害が出てしまったのだ。幸いそこまでひどい被害はなく、元々取り壊す予定だった近辺の空き家が数軒流されただけだった。

 しかし、それほどの大雨でもないのに川が氾濫してしまったのは天本家のせいだとうわさされたのだ。龍神の花嫁に選ばれたのに花嫁に行かなかった陽菜のせいだと責められたのだ。
 陽菜は羽月が嫁に行ってからしばらくは大人しくしていたが、すぐに外出してしまい、龍神に嫁いだのが陽菜ではなく羽月だと知られてしまった。義母と陽菜はしばらく「羽月を龍神の花嫁に差し出したけど、だから何?」という表情をして過ごしていたが、少しすると村人が騒ぎ始めたのだ。そこへこの大雨。村人の怒りは一気に天本家へと集まった。

「あの川はあれくらいの雨で氾濫したことは今までなかったんだ! こんなことが起こるなんて、龍神が花嫁の取り違えに気づいて起こったからではないのか?」
「それなら、偽の花嫁が龍神から突き返されるでしょう! 羽月が戻ってこないなら、龍神は偽の花嫁に気づいていないのではないのですか?」
 義母が夫に加勢して大きな声を出すが、玄関先に集まった村人は首を横に振った。

「薄命の娘はもう龍神に偽物だと知られて殺されてしまったのだろうよ。その内、この村にもっとひどい祟りがおこるかもしれない。そうしたら、俺たちは天本家を許さないからな!」
「そうだ! 娘のわがままでこの村が破滅したら絶対に許さないぞ!」
 村人たちはそう吐き捨てるように言うと、大きな足音を立てながら天本家から出て行った。

 陽菜は村人と両親が言い争う様子を屋敷の奥からじっと見ていた。自分をさんざん甘やかしてくれる父親と母親が悲しそうな表情をしているのを見ると、憎悪の炎を目に浮かべた。
(――お父様とお母様にあんなひどいことを言うなんて、許さない)
文句を言った村人たちだって、もし自分たちが龍神の花嫁に選ばれたら、あんなことは言わないはずだ。身代わりを渡せるなら、村人たちだってそうするはずだ。
(――まったく、お姉様は何をやっているの!?)
 そして、陽菜は自分の代わりに龍神に嫁いだ義姉の羽月を心の中で呪った。お姉様が上手くやればこんな目に合わなかったのに。何て役立たずな娘なのだろう。
(――村の人もお姉様も、こんな災害を招いた龍神も許さないんだから!)

 陽菜が怒りに任せて廊下を音を立てながら歩いていると、向こうからふわふわの白猫が歩いて来るのが見えた。猫に行く手を阻まれる形になった陽菜はますます怒りを感じた。
「何よ! こんな猫! 出て行きなさい!」
 陽菜は近くにあった箒を手に取ると、猫を叩こうとする。猫は「ぎゃあ!」という泣き声を上げると、そのまま縁側から庭に出て、どこかへと走り去ってしまった。