羽月があやかしの屋敷に移り住んで一年近くが経った。
「まあ、花嫁様、とても美しい銀色の髪になりましたね」
 あやかしの女性が羽月の髪を櫛でときながらうっとりとした表情で言う。龍神の花嫁は一年間の花嫁修業をするうちに、あやかしの霊気に慣れて銀色の髪になる。それは羽月も聞いていたが、自分の黒髪がどうやって銀色になるのだろうかと不思議だった。

 しかし、不思議なことに長い月日が経つうちに自分の黒髪からどんどん色素が抜けて行き、今となっては生まれた時からこの色だったのではないかと勘違いするほど、きれいな銀色の髪になってしまったのだ。
「そろそろ旦那様の龍神様がお迎えに来る頃ですわね」
 あやかしの女性がなにげなく言うと、羽月は身体を震わせた。羽月は自分が偽の花嫁と知られるのを恐れて身体を震わせたのだが、あやかしの女性はどうやら龍神が迎えに来ることに緊張したと勘違いしたらしい。あやかしの女性は「大丈夫ですよ!」と明るい口調で言う。

「こんなに気立てが良くて美しい花嫁様、龍神様は絶対に気に入られると思いますよ。龍神様は花嫁様と同じくらい、それはそれは美しい神様なんです」
「そっ、そうなのですね」
 羽月はこの女性のあやかしの優しさも自分の幸せももうすぐ終わりなのだろうと思うと泣きたい気持ちになった。しかし、今まで良くしてもらったあやかしたちに自分の悲しそうな顔を見せられない。羽月はなるべくあやかしたちがいう「素敵な笑顔」を保つようにした。

 そして、その日は突然訪れた。
「花嫁様!」
 羽月の髪がすっかり美しい銀色に変わってしまってから数日後。あのあやかしの女性が嬉しそうに羽月の部屋へとやってきた。
「まあ、どうされたのですか? そんなにはしゃいで」
「今夜、龍神様がお屋敷にいらっしゃるそうです!」
 あやかしの女性は何とも嬉しそうに頬を紅潮させながら言う。女性と違い、羽月はさっと顔色を青くした。
(――そんな)
 このあやかしの屋敷に嫁いで以来、今までの人生で一番幸せな時間だった。屋敷の住人には優しくされて、ゆったりとした時間を過ごすことができた。
 今夜、龍神が迎えに来る。あやかしは今まで騙すことができたとしても、龍神は神だ。さすがに自分が偽の花嫁だと気づくだろう。あやかしは「龍神は美しい神様」と言っていたが、龍神と言うだけあって残酷な神様かもしれない。

(――私が偽の花嫁だと気づいたら、その場で離婚されて殺されてしまうかもしれない)

 羽月は着物の裾を強く握った。いやこの屋敷に来てからの穏やかな幸せな時間を考えれば、今日殺されても構わないかもしれない。生まれた時から「薄命」「二十歳まで生きられない」と呪われた運命を予言され、義母や義妹には虐げられ、実父には無視され続けた。そんな自分を憐れんで、人生が最後に幸せな時間を与えてくれたのだ。もう、今日自分の命が尽きても構わない。

(――それに私は放っておいてもあと数年で亡くなる運命だし)
 そう考えると、何だか自分の体の中によくわからない力がみなぎってくるかのようだった。
(――最後ぐらい、凛として終わらせよう)
 龍神に偽の花嫁とばれたら「はい、確かに偽物です。離婚して、私をこの場で殺してください」と言おう……。

「花嫁様、大丈夫ですか? 顔色が……」
 あやかしの女性に話しかけられて、羽月は我に返った。あやかしの女性が心配そうに自分の顔を覗き込んでいる。羽月は今までこの女性を騙していたことを心の中で謝った。

「失礼しました、ちょっと驚いてしまいまして……」
「花嫁様、初めて龍神様にお会いになるのですものね。緊張しますよね。大丈夫です、龍神様は花嫁にお優しいのですよ。それに花嫁様はお美しいだけでなくとてもお優しくていらっしゃいます。龍神様もきっと花嫁様を気に入られるでしょう」
 あやかしの女性が言うと、羽月は何とか笑みを浮かべた。
「そうですね、龍神様に気に入っていただけると嬉しいのですが」