それから数日後、陽菜は羽月が輿入れした時よりも数倍豪華で美しい着物を着て、満面の笑みを浮かべながら駕籠に乗った。村人たちは「本当の花嫁が龍神へ嫁ぐ」と胸をなでおろしていた。これで龍神の怒りが収まって、災害がなくなるだろうと。
「陽菜、どうぞ気を付けて」
 陽菜が駕籠に乗る直前、母親が手を振った。この間までは娘と一緒に輿入れの準備を楽しそうにしていたのに、やはり娘が嫁いで離れるとなると寂しさを感じるらしい。陽菜はそんな母親に笑顔を見せた。
「お母様、大丈夫ですわ。お姉様はこちらに帰って来ているようですし、きっとすぐに会うことができます」
 陽菜は父親と母親、そして安堵した表情の村人たちに送られながら、龍神が住んでいると言われている山に向けて出発した。

 やがて陽菜は自分の駕籠がどこかでおろされるのを感じた。陽菜はこの間見かけた龍神の姿を思い浮かべながら、うっとりとした笑みを浮かべる。
(――このまま待っていれば、あの龍神様が迎えに来てくださるわ!)
 龍神様なら、自分を見れば本物の花嫁だとわかってくれるだろう。いや、もし自分が本物の花嫁でないとしても、義姉よりもずっと美しい自分を娶りたいと思ってくれるはずだ。そんなことを考えながら待っていると、やがて足音が聞こえてきた。足音は複数人分いるようだった。

「――なんだ? この駕籠は?」
 人間の声が聞こえる。もしかすると龍神ではなく、たまたま山菜を取りに来た村人なのだろうか。
「これは輿入れ用の駕籠ではないかしら?」
「でもおかしいな。一年前に龍神様の花嫁様が来たばかりじゃないか」

 その声を聞くと、陽菜は駕籠の中から慌てて飛び出した。
 駕籠の外には数人の男女がいた。見た目には普通の人間に見えるが、陽菜の住んでいる村の住人ではないらしい。もしかすると、龍神の仕えているあやかしたちだろうか。
 あやかしも猿か野犬のように卑しいと言われていたが、どうやら普通の人間のような姿をしているらしい。

「あなたたち、もしかして龍神様に仕えるあやかしたちなの?」
「えっ? ああ、そうだけど……」
 突然現れた花嫁姿の娘にあやかしたちは戸惑った表情をする。しかし、陽菜は笑みを浮かべながら着ている豪華な花嫁衣裳を見せつけるような仕草をしながら続けた。
「あやかしのみなさん、一年前にここに来た花嫁は偽物なの。私が本物の花嫁よ」
 あやかしは誰一人として陽菜の言うことを信じるような表情はしなかった
「いや、そんなことない」
「そうよ、花嫁様は今は龍神様と一緒にいらっしゃるのよ、偽物のわけがないわ! それに花嫁様はとても美しくてお優しいの」
「美しい? 偽物のお姉様が? あの見窄らしい娘が?」
 陽菜とあやかしたちはしばらく同じようなやり取りをしながら言い合いをしていた。その時、木々の間が突然光ったような気がした。

 陽菜とあやかしたちが光った方を見ると、そこにはあの川原で見た龍神と白猫を抱いた羽月が立っている。
「まあ! 龍神様! 本物の花嫁を迎えにきてくださったのね」
 陽菜が嬉しそうに龍神の元へ駆け寄ろうとすると、龍神は「待て!」と陽菜の歩みを止めた。
「待て、ここであやかしたちと小競り合いをしていても仕方ない。――あやかしたち、この娘をあやかしの屋敷に招待しろ」
「しかし、龍神様……」
「大丈夫だ。そこの娘、あやかしたちについて来い」
 龍神が羽月を伴ってどこかへ行こうとすると、陽菜は「龍神様!」と高い声を出した。
「私、やっと龍神様の元へ輿入れしたのに、一緒に連れて行ってはくださらないのですか?」
「とりあえず、今はあやかしたちについて来い。話は屋敷で聞く」
 龍神と羽月はそのままどこかへと消えて行った。