「いいかい、テオ。この力は決して使ってはならないよ」
「どうしてなの? お父さん」
幼い日のボクは、父の言葉に首を傾げて答えた。
すると父は困ったように笑いながら、こう続けるのだ。
「そうだね。この力はきっと、呪いに近いんだ」
「呪い……?」
訊き返すボクに父は一つ頷いてから、こう語り聞かせる。
「この力は悪しき魔族の血を引く証拠であって、人々の心に土足で踏み入るものなんだ。私たちはこれがあったために、故郷を追われてきた。そのことを知る者はもういないが、同じことを繰り返すわけにはいかないだろう?」
「そう、なんだ……」
「大丈夫だよ、テオ。力がバレなければ、迫害されることはない」
「……うん」
父はこちらの頭を撫でながら、不安を掻き消すように微笑む。
そして、一つゆっくりと息をついてから言った。
「だけど、もし叶うなら――」
その続きは、不思議とボクの記憶には残っていない。
◆
――王都エルタ、平民街。
昼過ぎになってから、街はずいぶんな賑わいを見せていた。
近々、王女様と騎士の副団長の婚姻が結ばれるとの話があって、お祭り騒ぎなのだ。それに伴って祝いの準備に追われているのが……。
「おーい、テオ! こっちの荷物を運んでくれ!!」
「はい! 分かりました、店長!!」
街にいる男たち、ということだった。
ボク――テオ・リュセインは、勤め先の商店の店長に指示されながら、一生懸命に荷物を移動させている。街の飾り付けから店の商品陳列やら、伝票の確認。やることが多くて目が回りそうだが、へばってはいられない。なにせ騎士団の副団長と言えば、この王都の格差の是正に大きく貢献した偉大な人だ。
彼の力がなければ店長やボクも含めて、まともに働けていた人間は少ない。
「日頃の感謝は、ちゃんと示さないとな!」
「それはそれとして、ちゃんとお客様の対応もお願いしますよ!? 店長!!」
「悪いなぁ、テオ!! 俺は知っての通り、計算がからっきしなんだ!!」
「笑顔で言うことじゃない!!」
――よく自分の店を持てたな、この人!!
そうツッコミをいれながら、ボクは腕っぷし自慢の店長への本音をぐっと呑み込む。決して悪意などはないし、気にもされないだろうけど、自分は雇われの身であるからと己に言い聞かせるのだ。そしてひとしきりの作業を終えると、気付けばどっぷりと日は暮れていた。
額の汗を拭って、大きく息をつく。
すると店長がこちらに笑顔でやってきて、肩をポンと叩くのだ。
「おう。今日もお疲れさん! ホントにテオがいなかったら、この店はどう足掻いても成り立たないからな!!」
「いや……ボクがくるまで、ホントにどう経営してたんですか?」
「がっはっは! 細かいことは気にすんな!!」
「…………」
店長は豪快に笑うと、近くの樽を両脇に抱えて持ち上げる。
奥の方にそれを置きながら、こう続けるのだった。
「今日はもう、帰っていいぞ。疲れただろ?」
「え、良いんですか……?」
「いいに決まってる。俺が店長だからな!」
「いや、それは答えになってない……」
ボクが呆れたようにツッコむと、店長はまた「がはは!」と笑う。
しかし、彼の言う通り疲れたのは事実だった。人の波も去ったことだし、今日はこれくらいで上がらせてもらうとしよう。そう考えなおして、ボクは従業員控室に移動するのだった。
すると、そこには――。
「おつかれさま、テオお兄ちゃん!!」
「あぁ、シャル……ありがとう。そっちも、お疲れ様」
店長の一人息子である少年、シャルがいた。
筋骨隆々な店長とは打って変わって、線の細い病弱な男の子だ。色素の薄い髪に、儚げながらも健気な笑顔が印象的。背丈はボクの半分くらいしかなく、こちらを見上げるようにしていた。
身に着けているのも寝巻のままで、かれこれ外に出られなくなってどれだけ経つのだろう。そう考えていると、シャルは小首を傾げながらこう言うのだった。
「ねぇ、もしよかったら絵本読んで!」――と。
手にしているのは、何度も読んでボロボロになった彼のお気に入り。
教育機関に通えないシャルは、まだしっかり文字が読めない。だからこうやって、時間があったらボクが絵本を読んで相手をしてあげることが多かった。
「あぁ、いいよ。今日はどの本にしようか」
「うーんと、ね! えっとー……」
ボクとしても、彼との時間は心が休まる。
そのため断る理由もなかったし、快く引き受けるのだった。
これがボク、テオ・リュセインの日常。
普通の人間として過ごす平凡で、かえがたい日々だった。