伝言を託した翌日、再び現れた梶が、司から了承の返事があった旨を伝えてくれた。ひとまずほっとするが、近日中に設けられるだろう初対面の日を思うと、少しばかり緊張してしまう李瀬であった。
それ以外は特にいつもと変わりなく過ごしていたのだが……。
「八重、どうかした?」
侍女の八重が、今朝から何やらぼんやりしている。気になった李瀬は、朝食の片付けをしている彼女に問いを投げかけた。
「体調が悪いのなら、無理をしてはだめよ」
「いえ……私は大丈夫です。ただ、姪が一昨日から寝込んでいて……一向に良くならないものですから、心配で上の空になってしまっておりました。申し訳ございません」
「それは心配ね。姪御さんはまだ二歳と言っていたかしら」
「ええ」
八重は時折家族のことを話して聞かせてくれた。近隣の住宅街に住む姉一家には二歳の娘がいて、最近言葉が上手になり可愛くて仕方ないのだと。
李瀬は会ったことがないが、大事な侍女の大事な人なのだから、当然心配だ。
「薬は何か飲ませてある?」
「姉は、風邪薬を煎じて飲ませていると言っていました。ですが、一向によくならないのです。それどころか、私には少しずつ悪化しているように見えて……」
「詳しく聞かせてちょうだい」
八重によると、最初は普通の風邪のような症状だったが、熱が少しずつ上がり、昨日あたりから呼吸音にも変化が現れ始めたという。
(直接診るのが一番だけれど……話を聞く限りでは、気道や肺に炎症が起きているみたいね。普通の風邪薬ではあまり効果がないのも当然だわ。炎症を抑える効能を持った薬草を調合しないと)
手元にある薬草類でおおよそ事足りるが、樹木や水辺に生える植物など、裏庭で育てるのが困難なものは他から調達する必要がある。
(まだ日が高いし、これから出れば今日中に材料調達は終わるはず。急げば明日には渡せるわ)
調合までの目算を立て、李瀬は八重に微笑みかけた。
「八重、今日はもういいわ。姪御さんのところへ行ってあげなさい。薬を作るから、他に気になる症状があれば教えてちょうだいね」
「李瀬様……」
八重は、切りの良いところまでは!と片付けをきっちり終わらせてから、姪の見舞いへと向かった。
それを見送り、李瀬は出かける準備をする。
離れで好きに過ごせ、母屋には呼ばれない限り来なくていいと伝えられていたので、半年ほどは難癖をつけられないように離れにこもって過ごしていた。それ以降も基本的に買い出しは八重に任せていて李瀬自身は滅多に外に出ないが、薬の原料だけは自分の目で見たいので時折採集に出かけている。
この屋敷は市街地から少し離れた静かな場所にあり、豊かな山とも近い。良質な素材を得るにはうってつけの環境だ。
汚れてもいい服に着替えた李瀬は、手袋や鋏、薬草を入れる袋、飲み水、応急処置用の薬や包帯など、採集に出かける時にお決まりの荷物をまとめる。
八重以外の侍女は離れに近づこうともしないので、抜け出すのは簡単だ。
塀に設けられている使用人用の小さな扉から出た李瀬は、山へと向かって足早に歩き出した。