李瀬は、祓魔師の由緒正しき名家、花崎家に生まれた。

祓魔師とは読んで字の通り魔を祓う者。霊力をもって、人に仇なす妖魔を打ち祓う。
戦う手段は各門や各人でさまざまだが、大きく二つに分類できる。霊力を込めた術具で戦うか、編んだ術式を込めた呪符に霊力を込めて術を発動させるかだ。

どちらにせよ、強い祓魔師というのはもっぱら霊力が強く多い者のことを指す。長い歴史を持ち、優秀な祓魔師を多数輩出してきた代表的な家門が、花崎を含む七家であった。

そんな名家であっても、生まれる子が一人残らず強い力を持っているとは限らない。李瀬の父は決して弱いわけではないが、名家の当主としてはやや物足りない、そこそこの祓魔師という評価だったそうだ。

気位の高い父は、祓魔師の能力以外で自分の矜持を守ろうとしたのだろう。財を成そうといろいろなことに手を出すも、結果はいずれも芳しくなく。失敗を取り戻そうとやけになるうちに、先祖が遺した財の大半を溶かしてしまった。

「名家とはもう名ばかりね。泥船にこれ以上乗っていられないわ」

花崎の名声があったからこそ嫁いだという母は、早々に愛想を尽かして出ていった。幼いころだったので、李瀬に母の記憶はほとんどない。

幸いにして跡継ぎである兄はなかなか強く、名家としての存続に希望が見える花崎家だが、家計以外にもう一つ大きな問題があった。

娘の李瀬には、祓魔の才がこれっぽっちもなかったのだ。

霊力がほとんどないために、妖魔を見ることすら覚束ない。李瀬の目には、妖魔は基本的に薄らぼんやりした影に映り、いると意識してよく見て初めて姿形が掴めるといった有り様だ。

成長による力の伸びも特になさそうだとわかると、父は落胆し、怒り狂った。

「花崎家に、お前のような能なしの出来損ないが生まれるなど前代未聞だ! このことが他家に知られたら……いっそ死んだことにして、使用人とするか? いや、それも露見すれば面倒なことになる。まったく! ただの役立たずよりたちが悪い」

父は、李瀬を他の名家と縁付かせるつもりだったのだろう。しかし、霊力が乏しい出来損ないの娘ではそれは叶わない。

かといって、死を偽装して別人とし、使用人として一生飼い殺しにするのも危険が伴う。
花崎家に娘がいることは周知の事実であり、李瀬は既に他家の人間とも何度か顔を合わせたことがある。そして、使用人として屋敷で働くならば人目を完全に避けるのは不可能だ。
誰かが気付いて醜聞が広まったならば、父が何より大事にしている花崎家の体面に傷がついてしまう。

八方塞がりの苛立ちからか、父は毎日繰り返し「能なし」「役立たず」「出来損ない」「穀潰し」などと罵る。なるべく父と顔を合わせないよう、李瀬は屋敷の隅に縮こまって暮らすようになった。

どこか遠くへ逃げてしまいたいと子供ながらに逃避行を夢見たこともあったが、兄の忠告がそれを止めた。

「李瀬、屋敷から絶対に一人で出るなよ」
「なぜですか、兄様」

七歳の李瀬にその先を告げるべきか否か迷った様子の兄は、やがて意を決したように言う。

「父上は……最悪、お前を妖魔に喰わせて消そうとするかもしれない」

ひっ、と小さく声が漏れた。

「祓魔師の屋敷で働く者たちがなぜ住み込みなのか知っているか? 仕事の都合もあるだろうが、一番は、屋敷を覆う結界で守るためだ。使用人たちは戦えないくらいの弱さだが、霊力がある。そして、妖魔は霊力を持つ人間を好んで襲う。昼間はともかく、夜は特に屋敷内にいるのが安全なんだ」

妖魔がろくに見えないくらいの微々たるものだが、李瀬には霊力がある。そして、戦う術はない。
夜の森で恐ろしい妖魔に襲われる自分を想像してしまい、李瀬はぶるっと震えた。

「なるべく父上の視界に入らないように。夕方以降、父上に屋敷の外へ連れ出されそうになったら逃げろ。叫べ。いいな」
「……はい」
「僕が力をつけるまでの辛抱だ」

三つ上の兄は父の野望と期待を一身に背負わされ、過度なまでの鍛錬を強要されて毎日疲弊していた。そんな中でも李瀬を気遣い、父に気付かれないよう助けてくれた兄に、李瀬は今でも心底感謝している。

兄と、李瀬の味方をしてくれた侍女のおかげで、李瀬はそれからの五年をなんとか過ごすことができた。