「マジかよ……」


 昨日バイト先でまひろが郁哉先輩にジュースをひっかけたことを気にしていたけど、まさか再び接触があるなんて思いもしなかった。
 郁哉先輩と喋ったあとに顔を真っ赤にしながら桐ヶ谷と一緒に渡り廊下を走っていくまひろ。
 なんか、嬉しそうだったし、郁哉先輩と喋っている時は女の子の顔になっていた。
 俺はぼたんと一緒に廊下を歩いてる時にその様子を見て足を止めた。隣からグイグイと手を引く仕草に気が回らないくらい……。

 昨日は二人が接触したら嫌だと思って妨害してたのに、結局運命は止められなかった。
 まひろが手作りスイーツを喜んで食べてくれた事がきっかけで俺がパティシエへの夢を目指しているように、一つのきっかけが人生の分岐点になる可能性もあるから。


 ――俺はまひろが好きだ。
 いや、好きだった…………と言いたい。

 恋人がいるのに他の人が好きだなんてひどい話だけど、いまは気持ちを切り替えてる最中だ。



 ――事が起きたのは、四ヶ月前。
 まひろに定期的に焼き菓子を渡していた俺は、初挑戦したマカロンを学校で渡そうと思ってカバンに忍ばせた。
 いくら仲が良いとはいえ、周りの男子(やつら)に冷やかされたり理性が働いて渡しにくくなるから一人になる隙を狙って渡すつもりだった。でも、なかなかチャンスが生まれなかったから帰り際にさり気なく渡す作戦に。

 ところが、桐ヶ谷と楽しそうに話していた内容は俺の話題。”星河”と名前が耳に飛び込んで来たときは胸がドキッとした。
 来た道をUターンするくらいあいつの反応が気になってたから。
 しかし、背中から聞こえてきたのは「星河なんて恋愛対象外!」と俺の気持ちを寸断するものだった。

 本気だった分、彼女の気持ちを聞いた時は胸がえぐれそうになった。”恋愛対象外”ということは恋愛するつもりさえないのだろう。
 まひろとの未来が霞んだ瞬間、カバンからマカロンを取り出してゴミ箱に捨てた。

 そろそろ告白するつもりだった。……いや、そのそろそろは勝手に思っていただけ。
 鏡の前で何度も告白の練習をしたり、告白のシュチュエーションのイメージをしたり。
 彼女と二人きりのチャンスが巡ってきた時は『今だ!』と思って口を開こうとするけど、『好き』というたった二文字の言葉が喉の奥で詰まらせていた。

 何故そのたった二文字が出てこなかったかというと、結果がどっちに転んでも幼なじみの関係はそこで終わる。想いが繋がれば幸せが待ち受けているけど、フラれてしまった後のことを考えたらきっと後悔するだろう。
 それなら、いまの関係のままで充分かなって。


 ――そう、俺は臆病者だ。
 本気で人を好きになれば誰だって臆病になるだろう。最初から自信がある奴なんてほんの一握りだ。想いが右肩上がり膨れていく分、ダメ元で告白する自信すらなくなっていた。近い存在だからこそ手に届かない。
 
 結局、俺は自分から逃げてしまった。特にあの時の言葉を聞いてからより一層。 
 だから、気持ちの整理を始めた。これ以上自分を傷つけない為に。


 この想いを断ち切るのは新しい恋だと思って、以前からプッシュのあったぼたんと付き合うことにした。
 恋がどういうものかわかっている分、断りきれなかったというのも理由の一つに。長年まひろを思い続けていたように、一緒にいる時間を長く設ければいつかきっと好きになるだろうとも思っている。


 まひろには、ぼたんと付き合い始めた日のバイト後に「彼女ができた」と報告した。
 心の整理がつかない分、その瞬間さえ何かに期待していた。胸をドキドキさせながら返事を待っていると、彼女から返ってきた言葉は「おめでとう」と……。当たり前の結果なのに期待していた自分が情けなくなった。これでもし何かしらのアクションがあったら、俺の気持ちはUターンしようとしていたのだから。
 それに加えて、ぼたんの気持ちを粗末にしようとしている。


 そこからまひろへの想いを切り離す生活が始まった。
 定期的にスイーツを渡すのをやめて、共有する時間もなるべく削っていった。学校、バイト先。なるべく顔も見ないように空を眺めた。天気のいい日も、悪い日も関係なく。

 でも、気づけば声に反応したり、笑ってる顔を目で追ってる自分がいる。頭ではわかっているのに、心がいうことを聞いてくれない。


 ――そうしているうちに自然と悟った。
 人の気持ちは簡単に変われない……と。