店を出てから全力で走っていたせいか、はぁはぁと息を切らしながら駅に到着。
自動改札前で財布の中から交通カードを出したけど、手が滑って床に落とした。
すかさず拾ってICをスキャンさせて階段へと走っている最中、カバンからスマホが鳴った。取り出して着信元を見ると、そこにはぼたんの名前が表示されている。
本音を言うなら、いま最も電話をしたくない相手。
でも、無視する訳にはいかないから通話ボタンを押した。
「……はい」
『まひろ?』
「うん」
『いま、電話いいかな……』
「大丈夫」
返事とは対照的に心臓がバクバクしている。
星河が作ったワッフルの件でぼたんに怒鳴り散らしてしまった後に初めて交わす会話だから余計に。
『この前はごめんね。確かにまひろの言う通り、星河に甘いものが苦手だって最初に伝えるべきだった。それに、手作りに対しての思いやりが欠けていたことも反省したよ。星河にいい顔することばかり考えていて、作る側の気持ちに行き届かなかった』
「ぼたん……」
『私ね、昨日星河にフラれたんだ』
「えっ!! どうして……」
驚くあまり、ホームへと進めていた足を止めた。
全身の意識が電話に吸い寄せられてしまったせいか、周りの景色も一時停止してしまったかのよう。
『「ぼたんとはドラマチックな恋愛が出来ない」ってね。最初は言ってる意味が理解できなかったけど、ワッフルの件やずっと片想いだった日々を思い返していたら、確かにそうかなと思ったの』
「…………」
『だいぶ前にね、星河がまひろにマカロンを渡そうとしていた時があった。その時まひろは桐ヶ谷さんに「星河なんて恋愛対象外!」と言ってて、それを聞いた星河のマカロンはゴミ箱行きになった。その一部始終を見て星河の想いを知った。まひろが好きなんだな、ってね』
「えっ。……そんなの知らない。星河はマカロンの話なんて一度もしてこなかったし」
言われてみれば、星河の話題が上がった時はいつも何も考えずに突き放していた。
でも、あの時何気なく言ったひとことがまさか星河を傷つけていたなんて……。
『きっと言えないほどショックだったんだろうね。私はそれより前から星河に想いを寄せていたから、「私が鶴田さんを忘れさせてあげる」と言って告白したの。忘れさせる自信はあった。想いを伝え続ければ、きっといつか伝わるだろうと思っていたから』
「…………」
『でも、結局何も変わらなかった。まひろがケガをした時は私を忘れて保健室に連れて行っちゃうし、バイト先まで様子を見に行ったら私と話してる時と比較にならないくらいまひろと楽しそうに喋ってるし、まひろに私たちの仲を見せつけるつもりでキスをしたら、星河は私をそっちのけにしてまひろを追いかけて行っちゃうし』
「あの時、私が見ていたことに気づいてたんだ……」
『うん……。私自身も結構参ってた。負け知らずの恋愛ばかりしていた分ね。でも、恋愛ってお互いを思いやって高めていくものだから、別れが素直に受け入れられた。そしたら胸がスッとしたの。もうキャパオーバーしなくていいんだってね』
「でも、後悔……」
『してないよ。精一杯頑張ったけど結果が出なかっただけ』
「ぼたん……」
『まひろも星河のことが好きなんでしょ? じゃなきゃ私たちがキスしているところを目撃した時に走って逃げなかったはずだよ』
正直なところ、二人のキスは見ていられなかった。
いま考えるとあの時は心が素直に反応していたのに、私は自分自身と向き合おうとしなかった。
「うん……。ごめん」
『ううん、謝らないで。こっちこそ嫌な想いをさせちゃってごめんね』
私は電話を持ったままその場に泣き崩れた。
自分でも知らないうちに星河を傷つけていたなんて。
それに加えてぼたんや自分の首を締める結果になっていたなんて気づきもしなかった。
もっと早く気持ちに気づいていればこんなことにはならなかったのに……。