――新年を迎えた。
 年が明けてから一番に『あけましておめでとう』というメッセージを送ってきてくれたのは郁哉先輩だった。
 去年まで星河が一番のりだったはずなのに、ケンカをしてからその歴史は崩れた。


 コンテストのあの日以降、星河とは一度も喋っていない。
 何度もスマホからメッセージを送ったけど、既読無視。その上、バイトもないから二人で会う機会もグッと減った。

 近所で会ったり、学校で一人の隙を狙って声をかけても意図的に避けられているから話せない。
 星河がぼたんのキス現場を目撃したのはショックだったけど、それ以上にショックなのは口すらきいてくれないいま。
 急に心変わりしてしまった理由さえわかれば解決の糸口がつかめるのかな。

 理由だけでもわかればと思い、口実を作って家にお邪魔させてもらった。
 小さい頃は頻繁に行き来していた部屋すら今は懐かしく思う。
 しかし、私が部屋で待っていたせいか、帰宅したばかりの彼はあからさまに嫌な顔をする。部屋に荷物を置くと背中を向けたまま言った。


「……何しに来たの?」

「あっ、明日……英語の小テストでしょ。実は学校に教科書を忘れちゃったから書き写させて欲しくて……」

「桐ヶ谷に教科書の写真撮って送ってもらえばいいじゃん」


 こんな会話さえ刺々しい。
 以前ケンカした時はオーナーが映画のチケットをそれぞれに渡して話し合いの場を設けてくれたけど、いまはそのチャンスすらない。
 でも、自分の問題を人に預けるのは違うと思うし、ちゃんと自分の考えを伝えたい。


「だって、波瑠はバイトがあって忙しいし、星河は隣の家だから」

「家が隣なら何でも許されると思ってんの?」

「違うよ! 実は、教科書を忘れたと言ったのは会うための口実。今日は話をしに来たんだよ」


 私は今にも泣きそうな顔で星河の腕を掴んで体を振り向かせると、ここでようやく目を合わせてくれた。
 しかし、氷のように冷たい眼差しは、一週間前と同一人物に思えないほど。


「俺と一緒にいると都合が悪くなるよ。先日はぼたんのことを意識して距離を取ろうって提案してきたけど、今度はそっちが郁哉先輩に誤解されるかもしれないし」

「先輩は星河が幼なじみだって知ってるから大丈夫。今さら誤解なんてしないよ」

「幼なじみだったら何でも許されると思ってんの?」

「えっ」


 ドンッッッ!!
 星河は突然私の肩を掴むと、180度回転させて体を扉に叩きつけた。
 その瞬間、私の頭の中はリセットされる。


「甘く考え過ぎてんじゃない? 男ってさ、建前では強がってても結構嫉妬深いから」

「せ……先輩も一緒とは限らないし」

「どうしてそんなことがわかるの?」

「どっ、どうしてと言われても……」


 私は何を守ろうとしているのかわからない。ただ、星河との関係を必死に繋ぎ止めようとしているのは確かだ。
 しかも、いまはそれを見抜かれたような気がしてならない。


「お前の考えてる幼なじみって、何?」

「……それは」

「都合のいい時は傍にいて、都合が悪くなったらバイバイ? 俺は便利屋じゃないし、彼女もいる。お前の気分一つで振り回されるのはもうゴリゴリなんだよ」

「違う! 私の気分で振り回す気なんてない。ただ、今まで通り幼なじみとして支え合っていきたいと言うか……」

「そんなに都合のいい相手なんていると思う? 俺が幼なじみに限界感じてんのに、お前の理想を一方的に押しつけるなよ」


 星河は怒鳴り口調でそういうと、フイっと背中を向けた。


「幼なじみに限界? 私が理想を一方的に押し付けてる? ……私のことをそんな風に思ってるなんてちっとも気づかなかった」

「だろうな。お前は人の気持ちも考えないまま心ん中にズカズカと入り込んできて、都合が悪くなったら蚊帳の外に追いやって。俺には俺の人生があるからお前の都合に合わせるのはもう沢山だよ」

「ちょっと待って! 誤解してる。星河のことを蚊帳の外に追いやった記憶が一度もない」

「そこが嫌だと言ってんだよ。もう帰れ」

「嫌だ……。ちゃんと話し合おう。さっきから言ってる意味がわかんな……」
「帰れっ!!」


 私は背中越しに怒鳴られると、真っ白な頭のまま荷物を持って部屋を飛び出した。
 自分の家に戻って部屋に飛び込むと、ベッドの布団の中に包まった。


 関係が悪化してしまった原因がわからない。それに、幼なじみに限界って……。
 今まで仲良くやってきた分、急にそんなことを言われても気持ちが追いつかないよ。

 確かに星河の言う通り、私は間違っている。
 自分が困った時に真っ先に頼ろうとしたり、コンテストの結果をいち早く知ろうとしたり、連絡がないからって一方的に怒ったり。
 それに、ぼたんとのキス現場を目撃しただけで不機嫌になるし。

 本当に大切な友達なら恋を応援するのが普通なのに、私は知り合った頃からの延長線上のまま接している。
 彼女ができた時点でもっと距離をおかなきゃいけなかった。
 しかも、最近はコンテストのお祝いグッズまで買ってたし。
 傍から見れば最低な女。恋人がいる人に幼なじみという武器を盾にして傍にいようとしているから……。