「彼女ができた」


 ――ヒンヤリと乾いた風に揺られた髪が頬を撫でていた、ある日のバイト帰りの自宅前。
 十三年来の幼なじみの高崎星河(たかさきせいが)に、突然そう告げられた。

 これが私にとって死刑宣告だったと気づいたのは、ある事件が起こってからのことだった。



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「はぁぁぁ…………。どこかにドラマチックな恋が転がってないかなぁ〜」


 ――私がそう呟いたのには理由がある。

 高校二年生も後半戦の十一月。
 教室内を見渡せば、あっちもカップル、こっちもカップル、そっちもカップル、カップルカップルカップル……。
 校内で手を繋いだり、顔を近づけて内緒話をしたり、二人きりでランチしたり。
 取り残されたシングルの鶴田(つるた)まひろは羨まし過ぎるあまり指をくわえて見ているだけ。

 そんないまは、昼休みの二年C組の教室内で親友の桐ヶ谷波瑠(きりがやはる)と机を向かい合わせにしてランチ中。


「どした〜? 十七年間彼氏なしで恋愛の”れ”の字も興味がなかったあんたが先週からその話ばかりでさ」

「なぁんか、急に恋してみたくなっちゃった。先日波瑠と一緒に観た恋愛映画の影響を受けちゃったのかな」

「そもそもあんたは理想が高いんだって。男性アイドルグループのようなイケメンで、夢を持っていて、優しくて、細マッチョで、男らしくて、男女問わず憧れられている男子なんてこのクラスにいる?? そんなんだからいつまで経っても彼氏ができないの」

「……うぅっ。はっ、波瑠だって彼氏いないじゃん!」

「先月別れたばかりなのにゼロ彼氏のあんたと一緒にしないで下さぁ〜い」


 彼女はお弁当箱の蓋をパカッと開けてそう言うと、私の目線は一気にお弁当の中身へ吸い込まれた。何故なら、そこは魅力満載なオンパレードだから。


「ブロッコリーの緑、ミニトマトの赤、卵焼きの黄色。波瑠のお弁当は今日も彩りが黄金比だね」

「あの……さ。毎日お弁当箱の蓋を開ける度にチェックするのやめてくれない? そんな期待の目で見られたら蓋を開けづらいんだけど」

「これが私の日課なの、日課! だってさ、波瑠のお弁当は彩りが最高なんだもんっ!」


 私は昔から料理を食べるのも好きだけど、見て楽しむのも好き。だから、この貴重なランチタイムも楽しみの一つに。

 そんな中、窓の外から女子がキャーキャーと騒いでる声が飛び込んできた。
 波瑠はつられるように窓の外に目を向けると、一階の購買所で女の子に囲まれながらパンを購入している郁哉先輩の方へ箸を向けた。


「ねぇねぇ、恋愛するなら郁哉先輩なんてどう? まひろの理想のタイプに近くない?」


 郁哉先輩とは、学年が一つ上の三年生。髪型はセンターパートで目がキリリとしたイケメンで背が高くて、超がつくほどモテ男。校内では有名人で彼を知らない女子は多分いない。彼が歩く度に黄色い声が飛ぶほど。
 

「そう! 最近気になってたの! 郁哉先輩ってアイドルみたいでかぁ〜っこいいよねぇ……」

「まぁ、三年女子のガードが固いからあんたとは一生出会わないと思うけど」

「運が巡ってきて出会えるかもしれないでしょ。私たちは運命的に出会って、お互い気づいたら恋をしていて、クリスマスに小雪がちらつく中で郁哉先輩がクリスマスツリーの前でひざまずいて告白してくれるの。『まひろが世界で一番好きだよ』って言われたら鼻血出ちゃうぅぅ〜〜。きゃぁぁああ!!」


 目をうっとりとさせながら頬に手を添えて理想の恋を語っていると、突然ポンッと誰かの手が頭に乗った。見上げると、そこには幼なじみの星河が呆れた顔で見下ろしている。


「アホか……。常に女からキャーキャー騒ぎ立てられている男が、食い物しか興味のないお前に近づいて来るわけないだろ」

「いいでしょ! 郁哉先輩は私の理想なの! り・そ・う! 憧れてるんだから放っておいてよ」

「お前の頭ん中はいつも平和で逆に羨ましいわ」


 星河は嫌味ったらしくそう言うと、人差し指で私のおでこにつんっとひと突きする。


「いったぁ! 女の子のおでこに何するのよ!」


 おでこを手で押さえて文句を言うと、その後ろから櫻坂(さくらざか)ぼたんがやって来て星河の腕に手を絡めた。それを見た途端、ハッと黒目が揺れる。


「ねぇ、星河。今日は天気がいいから中庭でご飯食べない?」

「オッケー。今日もお弁当作ってきてくれたの?」

「うん。上手に作れなかったけど…………。あ、鶴田さん、話を中断してごめんね」

「あっ、……ううん。いいの。ごゆっくり……」


 二人は肩を並べて教室から出ていくと、私の心の中は一気に曇り空になった。


 ――星河は四歳の頃からの幼なじみ。家が隣同士で同じ高校の同じクラスでバイト先も一緒。つまり、人生大半の時間をこんなにも長く共有したのは彼以外いない。
 見た目はツーブロックのナチュラルヘア。小さい頃はお風呂も一緒に入った仲で、家をしょっちゅう行き来していたせいかきょうだいのように仲が良い。そのせいもあって、一度も恋愛対象として見たことはないはずなのに、素直に喜べていない自分がいる。


「彼女が出来た途端に上から目線か。なぁんか、星河に恋人ができるなんて信じられない」


 不機嫌な顔のまま目線をお弁当箱に向けると、波瑠はにやりと口角を上げて言った。


「あら? 不機嫌になっちゃった?」

「はっ?! 私が? 不機嫌になる理由がないし」

「星河を取られちゃって悔しいんでしょ。まひろは以前から口を開けば星河の名前ばかりだし〜」

「そっ、そんなのたまたまだよ!! 星河なんて幼なじみ以外考えられないし!」


 星河とは、幼小中高といいところも悪いところも沢山見てきた。
 この十三年間をざっと思い返してみても、意識する瞬間なんてなかった。

 ……でも、強いて言うなら最近男らしさが増した。
 そのせいもあって星河のことを『かっこいい』と言ってる女子はいたし、部屋に突然お邪魔した時にちょうど着替えをしてて上半身裸だった時はドキッとした。
 服を着てる時はわからなかったけど、”意外に筋肉あるじゃん”みたいな。私だってお年頃だからそういうところに目がいってしまう。もしかしたら、小中とサッカー部に入ってたから体が鍛えられたのかな。


 先日、そんな星河に初めて彼女ができた。それが櫻坂さんだ。
 彼女は同じクラス。髪はゆるふわで後ろで一つに束ねていて、目がぱっちりしていて顔面偏差値が高い。その上、ボン・キュッ・ボンのスタイル抜群。
 どこを取っても平均的な私とはレベルが違う。女子力が高いし、陽キャだし、明らかにモテそうな子なのに、どうして星河を選んだのだろう。

 しかも、星河とは朝昼晩と同じ学校に同じバイトで一日中顔を合わせているのに、恋の予兆を一切感じなかった。
 恋人ができるならそれまでの過程がついてくるはずなのに、近くにいても一ミリたりともそういった気配を感じ取れなかった。

 そのせいか、複雑な気持ちになっていた。……いや、もしかしたら自分がフリーだから半分嫉妬しているだけなのかもしれない。