私と秀一さんは百貨店に到着した。

 「黒猫」と同様に前の建物は震災で焼失してしまったらしく、二階建ての仮店舗での営業となっていた。

 入り口で履物を脱ごうとした私に、「ここは土足で入れるんだよ」と、秀一さんは微笑んだ。

 世間を知らない小娘扱いされたような気がして、少し腹が立った。

 「体が弱く、幼い頃から人混みは避けていたのです。銀座に来たのも数年ぶりで、勝手がわからないのです」

 私が言い訳を交えながら文句を言うと、秀一さんは申し訳なさそうな顔をした。

 「そうなのか。連れ回してしまってすまない。場所を変えた方が良かったかな」

 「大丈夫です。今日は調子がいいので」

 すっかり恐縮している秀一さんに、私はツンと答えた。

 「しかし、体調のことなど君のご家族は言ってなかったけど……」

 秀一さんは不思議がっていたが、小田桐家の人間はそういう人たちなのだ。
 おおかた、病弱な娘でも一度押し付けてしまえば「返品」されることはないと踏んでいたのだろう。

 実は今回の破談の理由で真っ先に思い当たったのが、私の体調面のことだった。
 身辺調査でもされて、私が病弱であることが露呈してしまったのだろう、と。

 しかし、それならば被害者である橘家の態度が理屈に合わないし、秀一さんが失踪する理由もない。

 「……秀一さんは銀座にはよくいらっしゃるのですか」

 私は話題を逸らすための質問をした。

 「ああ、新しいものが好きなんだ。この街は文化の発信地だからね。ほら、あれは今年の新色だ。君に似合うと思うよ」

 秀一さんが菜花色のリボンを手に取って見せたが、私は首を振って受け取るのを拒んだ。

 「結構です。私は古いものが好きなので」

 抑えているはずなのに、どうしても拗ねたような口調になってしまう。

 私の髪には数年前に買った臙脂(えんじ)色のリボンが結ばれていた。会うのが秀一さんだとわかっていたら、もっと可愛らしいものを選んだのに、と後悔した。

 「そう言わずに、ね。高くはないが渡せなかった指輪の代わりと思ってくれ」

 「……でも……」

 「いいから」

 迷っている私を無視して、秀一さんは会計を済ませた。

 「つけてごらんよ」

 秀一さんが私にリボンを手渡した。

 断ることもできたはずなのに、まるで輝いているような生地の鮮やかさを見ていると、私は我慢することができなかった。

 買ったばかりのリボンを結んで傍のショウウヰンドに映してみると、まるで全身が新しくなったような心地がした。

 家族以外の男性からもらった、初めての贈り物だった。

 勝手に緩みだす頬を懸命に抑えながら、私は秀一さんに礼を言った。