しばらくすると、注文したコーヒーとパンケークが運ばれてきた。

 こんな状況で食欲など湧くはずがないと思っていたが、トロリと溶けた蜂蜜の甘い香りに誘われて一口食べてみると、もう一口、もう一口……と止まらなくなった。

 (なんて美味しいのだろう……)

 あっという間にホットケークを食べ終えた私は、ふと我に返って急に恥ずかしくなった。

 はしたなくなかっただろうか。

 コーヒーの湯気越しに秀一さんの方を窺うと、秀一さんは「美味しそうに食べるねえ」と、微笑んでいた。

 「あまりジロジロと見ないでください」

 私はコーヒーカップで紅潮した顔を隠した。

 それにしても、とコーヒーを飲みながら思う。
 秀一さんの印象は写真と随分違う。顔の造形は写っていた通りなのだが、目の前の秀一さんからは暗い陰など感じられず、快活な好青年のように思える。

 「月子ちゃん」

 不意に名前を呼ばれて、私はカップからコーヒーを溢しそうになった。

 「ごめんごめん。驚かせてしまったね」

 「大丈夫です。こんな風に面と向かって男性とお話しするのが初めてなので少し緊張しているだけで……」

 まるで言い訳しているような口調になってしまった。私は「とにかく大丈夫ですから」と、改めてコーヒーに口をつけた。

 秀一さんは私がコーヒーカップをソーサーの上に置くのを見届けてから、静かに口を開いた。

 「月子ちゃん。君には本当に可哀想なことをした。申し訳なく思っている」

 「いえ、秀一さんがご無事なようで、まずは安心しました。今日はお義母様がいらっしゃると思っていましたので、思いがけず秀一さんと会えて嬉しく思います」

 「……母に無理を言って、代わってもらったんだ。どうしても直接僕の口から君に謝罪をしたくてね」

 私は「いいえ」と、首を横に振った。

 「私は謝罪を求めているわけではありません。訳を知りたいのです。あなたが突然いなくなったのはなぜですか」

 そう尋ねた直後のことだった。

 時間にすればほんの一瞬のことだったが、暖かい日差しを厚い雲が覆うように、秀一さんの顔から表情が消えた。
 切れ長の瞳には、いつか見た写真と同様に、暗い陰が差していた。

 秀一さんは、「飲み終わったら、少し歩こうか」と呟くように言った。
 
 私は黙って頷いた。
 残ったコーヒーを口の中に流し込むと、口内に残っていた甘みの余韻は綺麗に消え去り、顔を顰めるほどの苦味だけが残った。