橘家に手紙を出してから数日が過ぎた頃、私の元に薄紅色の封筒が届いた。

 表に書かれた差出人は見知らぬ女性だったが、中を開けて見ると秀一さんのお義母様の名前が記されていた。

 私以外の小田桐家の人間に悟られないように、気を遣ったのだろう。

 手紙の大半は謝罪文だった。惚れ惚れするような達筆で、謝罪を受けているこちらまで恐縮してしまうくらい、繰り返し懺悔の念が綴られていた。

 求めていたものは手紙の最後にあった。


 ○月×日。銀座の喫茶「黒猫」にて。


 橘家と連絡を取ったことが家族に知られぬよう、私は読み終えた手紙を小さく破ってから、屑籠に放った。
 桜吹雪のようにヒラヒラと舞う紙片を見ながら、私はなぜここまで秀一さんに執着するのだろう、とぼんやり考えた。

 家族への反発や、下衆な好奇心など様々な理由を頭に浮かべた後で、もしかして、と思う。

 もしかして私は、出会ったことのない秀一さんに恋をしているのかもしれない。

 写真でしか見たことがないが、秀一さんは端正な顔立ちをしていた。
 切れ長の瞳から陰のある雰囲気を感じたが、それが逆に神秘的な魅力に繋がっている気もした。

 専門学校で薬学を学び、大きな製薬会社に勤めているそうだから聡明でもあるのだろう。
 病弱で、何の取り柄もない私には勿体無い相手だ。

 世間では家柄に囚われず自由恋愛を発展させ婚姻に至る「自由結婚」なるものが流行しているらしいが、恋を経験したことのない私には想像もつかないことだった。
 
 「恋……か」

 一人で口にしてみると、徐々に頬が熱くなってくるのがわかった。
 私は慌てて辺りを見回した。誰もいないはずの自室で、誰かがいるような気がしたのだ。

 急に恥ずかしくなった私は、屑籠から紙片を拾い集めると、さらに念入りに細かく裂いて、それらを奥の方へと隠すように押し込んだ。