自室に戻った私は、母の言いつけを守らずに、橘家へ宛てた手紙を書いた。

 母の前では正式な離婚の手続きをしたい、と主張したが、私の真意は違った。

 単純に、私は、秀一さんが失踪した理由が気になるのだ。

 秀一さんは私と夫婦になる直前に忽然と姿を消した。新聞の記事によれば、前触れも書置きもなかったようだ。

 橘家のような名家の一人息子が突然の失踪。それだけでもおかしな話ではあるのだが、それ以上に奇妙な点がある。

 周囲の人間の態度だ。

 小田桐家の人間は怒りすぎ、橘家の人間は少々負い目を感じすぎているように思える。

 感情の起伏が激しい両親はともかく、大病院の医師としてそれなりの地位にいる叔父までもが不様に喚き散らす様子はあまりに不自然だ。

 なぜか彼らの頭の中では、最初から事件や事故の可能性が排除されており、原因は秀一さんの自発的な出奔であると決めつけているように感じられる。
 状況を考えると、前者の可能性を疑うのが先ではないだろうか。

 そして、極めつけは仲人を務めた叔父の言葉だ。
 秀一さんの失踪の報を受けた時、叔父は舌打ち混じりにこう言ったのだ。
 
 あの男は大罪人だ。人を殺めるよりも、ずっと重い大罪を犯したのだ……、と。