ーー……約束する。()は絶対に楓花を残して先にはいかぬ。龍は人間よりもずっと丈夫だ。ちょっとやそっとでは体調を崩したりもせぬ。大丈夫だ。楓香よ、()と共に生きようぞーー
そう、風龍様は凛とした表情(かお)で私を真っ直ぐに見つめて言ってくれたけど……日に日に風龍様の身体(からだ)はやせ細り、透明でキラキラと光沢のある長い髪の毛には艶がなくなり、白すぎる程の透き通った肌にはハリがなくなっていった……。

それでも風龍様の様子は変わらず……いつも柔らかな微笑みを浮かべて、私を愛おしく見つめ、穏やかな声で言葉を紡ぎ、優しく抱きしめてくれる……。
その姿が私にとってはとても痛々しく見えてしまって……心がズキズキと痛みを増すばかりだった……。
もう、やってほしい……。
それ以上……弱ってゆく風龍様の姿を見たくない……。
その想いは日を追うごとに強くなっていき……私はどうにかやめてもらえないか……と、話をしようとすると……風龍様は敏感に察知して、何かしら理由をつけてすーーっと、私の前からいなくなってしまい、話をすることさえ出来なかった……。
風龍様はあえて、この話を避けているようにしか私には思えなかった……。
……なんとかしないと……。
ううん、なんとかしたいっ‼
でも……どうしたらいいのだろう……。
手立てが全くもって分からないよ……。
悶々と思い悩む日々……。
そんな時ーー……。

「どーしたの? さえない表情(かお)をして……巫女殿らしくもない」
突如、聞き覚えのある声を耳にして私は驚く……。
声がしたこともだけど……私の目の前に弟御様(おとうとごさま)が立っていて、心配そうに私の顔を覗き込んでいたから……。
「ーーっ⁉」
あまりの驚きように変な声まで上げてしまった……。
恥ずかしい……。
フイッ……と、恥ずかしさのあまりに赤くなってしまった顔を見られまいとそっぽを向く。
「……どっ……どうして、ここに?」
顔をそらせたまま、弟御様(おとうとごさま)に尋ねた。
「二度とここへはくるなと、兄上に言われたけれど……どうも気になって……」
「……?」
「すごく思い悩んでいるよね?」
……どうして、分かったのだろう……。
「兄上の様子を見ていたら何となく……そうじゃないのかな〜と思って、ここに来てみた。兄上が巫女殿とここで一緒に暮らしていても、一日に二度は龍の住まう屋敷へと国の様子とかを報告するために顔を出すことになっているから……」
……何となくで、気づくようなものなのかしら……と、私は思い、眉を寄せた。
「兄上と巫女殿は本当の夫婦(めおと)になるんだよね? お互いをかけがえのない大切な存在と想い、何か起これば二人で力を合わせて乗り越えてゆく……。それが夫婦《めおと》……って、ことじゃないのかな~って、両親を見ていて我は思ったのだけど……違うかな?」
龍も同じってこと……?
弟御様(おとうとごさま)の言葉を聞いて両親はとても仲が良く、お互いをかけがえのないもの存在として大切に想い合っていることがひしひしと伝わってきた。
「違わない……」
そう……きっと、それが本当の夫婦(めおと)になるということだと思う……。
私は風龍様をかけがえのない大切な存在と想っているのだろうか……?
正直、自信がなかった……。
思いかえせばこれまでの十七年間、私はほとんど風龍様に対する不平不満を心の中で吐き続けていた……。
巫女としてのお役目を終えた途端……本当の夫婦(めおと)になりたい……と、言われ、半ば強引に上界へと連れてこられた身……今更、かけがえのない大切な存在として想いを抱いてよいのだろうか……?
何とも都合が良すぎるような気もする……。
現実問題、風龍様と本当の夫婦(めおと)にならなければ……下界に天災が起きてしまう……。
それだけは何としてでも阻止しないといけない……。
そう考えると、私は風龍様と何が何でも本当の夫婦(めおと)にならなければいけないのだけど……。
今なお、左薬指に結ばれた干渉縞(かんしょうじま)の紐の色はそのまま……。
本当の夫婦(めおと)にならなきゃいけないのに……なれるのか、不安で仕方がない……。
「私が思い悩んでるって言うのなら……第 章 弟御様(おとうとごさま)はその悩みを解決する方法を知っていて、教えに来たってこと?」
「そうだね。少しでも力になれば……と、思って」
やった‼
これで解決‼
はやる心を抑えきれずに私はずいっ……と、弟御様(おとうとごさま)に顔を寄せた。
その勢いに弟御様(おとうとごさま)は少し圧倒されたみたいで……半歩下がってしまった……。
私は構うことなく、尋ねた。
「それでその方法って⁉」
「子を宿せばいい」
「ーーっ⁉」
「世継ぎさえ生まれれば、世代交代することが出来る。それは世継ぎが産まれてすぐでも可能だし、世継ぎが成人を迎えてからだっていい。ただし、世継ぎが成人を迎える前に世代交代するのであれば……世継ぎが成人を迎えるまでの間は風龍とより血縁関係の強い龍が変わりの風龍となってその役目を果たす。風龍で言えば……我だ」
「じゃ……私が……」
「それは無理だよ」
「どうして?」
「それはあくまでと龍同士が夫婦(めおと)になった場合であって、人間である巫女殿では到底叶わぬことだ」
「風龍様が今、行なっていることをやめさせる手立てはないってこと……?」
「うーん、手立て……ねぇ……」
弟御様(おとうとごさま)は顎に手をあてて天井を仰ぎ見た。
しばしの沈黙……。
ほんの少しの時間だっけど……私にはとても長く感じてしまった……。
弟御様(おとうとごさま)はおもむろに呟いていた……。
「……じ……ゅ……」
それはあまりにも小さな呟きだったから、私はハッキリと聞き取ることが出来なかった……。
「あ、のっ! なんて言ったの? 声が小さすぎて聞こえなかったから、もう一度言ってくれない?」
「宝珠……」
「ほ……うじゅ……?」
「龍が手にしている宝珠を知らないか?」
「……そんなの……持ってるの……?」
「あぁ……龍は必ず持っているものだよ。そうは言っても……一度も龍の姿の兄上とは会ったことがまだなかったから、見たことがないのも仕方ないね。宝珠はね、龍が生を受けた時から手に持っているもので……ほら、これなんだけどね」
弟御様(おとうとごさま)が左薬指に嵌めている指輪を私に見せてくれた。
その指は銀色で中央の部分に透明な水晶が一つ嵌め込まれていた。
指輪の中央に嵌められた水晶を指さしながら、弟御様(おとうとごさま)が丁寧に宝珠について説明してくれた。
「この透明な水晶が宝珠。今は人間の姿をしているから宝珠は指輪として存在しているけど、本来は拳くらいの大きさの丸い水晶で龍の手の中にあるんだよ。肌身離さずに持っているものだから、水晶にも龍の力が少しずつ蓄積されていくんだ」
「その宝珠がどうしたっていうの?」
「願いを叶える玉とも言われているんだ。実際に試した記録はないからただの言い伝えかもしれない……。けれど、もしかしたら……巫女殿の願いを叶えてくれるかもしれない……そう、思って宝珠の話をしたんだよ」
願い叶えてくれる……。
「じゃ、それを使えば……風龍様は自らの命を削らなくてすむ……って、ことよね⁉」
コクッ……。
複雑そうな表情(かお)をして、弟御様(おとうとごさま)が頷いた……。
……なんだろう?
気になる……。
「……ただ、願いを叶えてくれるとはいっても……代償が必要になるらしい……」
「代償…?」
「そう。つまり……命と引き換えってこと」
「それは……願いを叶えたいものの命ってことよね……?」
「そう。それと……願いを叶える宝珠は風龍のみで、願い叶えた後、その風龍は龍の力を失ってただの人間となる……」
「……っ……」
絶句する……。
そんな……風龍様が龍の力を失うって……。
しかも……ただの人間になるなんて……。
「……ただの人間になってしまったら……風龍様はどうなってしまうの……?」
喉がカラカラに渇き、声が震えた……。
「うーん、前例がないから何とも……これはあくまで我の予想だけど……まず上界(ここ)にはいられないだろうね。外界での生活を余儀なくされると思う。外界での生活がどんなに辛くても自ら命は絶ってはいけないと思う……。これは龍だけの掟だけど……龍であった以上、この掟はただの人間になったとしても掟を破ることは許されないと思う。だから、己の寿命が尽きるまで外界で生き続けるしかない……」
「……」
「あっ、でも……それもどうか分からないことだよ。さっきも言った通り、試したことはないから……逸話かもしれないしね」
「……もう一つ、聞いてもいい?」
「どーぞ。分かることであれば」
「宝珠に願いを叶えてもらって、風龍様がただの人間になった時……国は? 外界はどうなってしまうの?」
「風龍の変わりは常に存在しているから大丈夫だよ。ただし、多少の天災があるかもしれないけど……国が滅びるまではいかないと思う。風龍でいえば……次期風龍は血縁関係の強い我になる」
「……」
「それ以外に風龍を救う手立ては多分……ないと思う。どうするかは巫女殿……そなた次第だ」
「……もし、もしも……私が風龍様の宝珠を使って願い事をしたら……風龍様はただの人間になってしまう……あなたはいいの……?」
「構わない」
「ーーっ⁉」
「兄上と巫女殿が望んだことならば……我は何も言わないし、言えない。従うまでさ」
ニコッ……と、笑い、弟御様(おとうとごさま)はすーーっと、消えていってしまった……。