風龍様に本当の夫婦になるべく、妻として迎えられて早半月ーー……。
一日中、何もすることがない私は暇を持て余していた……。
巫女として中界にいる頃は一日の流れがきっちりと決まっていた。
明朝より起きて、朝餉を頂き、身を清めてから神事を行なう社へと入り、そこから日が暮れるまでひたすら風龍様に祈りを捧げて、風龍様から受け取った力を己の身体を通して外界へと送り続けて、平和を維持し、秩序を保つ。
あっ……社に入る前に行なう禊はツラかったな……。
特に冬場‼
お湯での禊は許されていないから真冬でも真水で身を清めてた……。
身を震わせながら社へと入り、巫女としてのお役目を果たしていたっけ……。
今、思えば……それはそれで大変だったけど……懐かしい日々……。
ある意味、充実してたのかな……と、さえ思う……。
ぁ゙ーヒマ‼
屋敷内は自由に歩き回っていいってされてるけど……屋敷外に出ることは禁止されていた……。
上界がどうなっているのか……気になってこっそり屋敷外に出ようとしたけれど……見えない壁のようなものがあって、出れなかったんだよね……。
人間が踏み入れることも……まして、目で見ることさえ出来ない雲の上に存在する世界……上界。
ここにいるんだから、少しくらい上界のことを知ってもいいじゃない。
上界のことを知ったところで上界の様子を外界にいる人間に話をすることは出来ないんだし……。
そうなんだ。
私は寿命が尽きるまで外界に戻れない……。
そのことは風龍様と初めて話をした日に言われたこと……。
屋敷外に私が出れないのは……人間が本当の夫婦であるならば……上界で生活することは許されているけど、行動範囲は決まっている……とか?
そういう掟を私が知らないだけで、あるのかも……。
ーー母上が人間を忌み嫌っていますからね……ーー
ふと、弟御様の言葉が脳裏に蘇った……。
……もしかして……母親の想いも汲み取ってのことだったりもするのかな……?
そんなことを考えていた時ーー……。
ギィィ……。
不意に部屋の扉が開いた……。
「ほんに……鼻がひん曲がりそうじゃ……」
扇子で顔を隠したすらっとした細身の女性(……って、いいのかな?)が立っていて、不快感を露わにした声で言った……。
その女性が身に纏っている衣服は私よりももっと上品で高価なものだった。
上着は濃い紫色で襟元と袖口、裳も漆黒だった。
鮮やかな金色の糸を使い、衣服の細部にまで施されていた。
姿からすぐに龍神様だと分かったけど……風龍様から見てどなたにあたるのかまでは分からなかった……。
「……だ、れ……?」
「……だ、れ……とな? 口の聞き方も知らぬのか……。下等な生き物めが……」
「ーーっ⁉」
あまりにひどい言われように、私はカチンときてしまった……。
「我は風龍よ母ぞ」
「えっ……」
今度は……風龍様の母親が私の目の前に登場ってわけ⁉
どうして……?
人間を忌み嫌っているって、聞いていたから絶対にここへは来ないと思ってた……。
なのに、なんで⁉
ここへ来たの⁉
もう、一体なんなのよーー‼
……と、心の中で叫ぶ。
「……掟さえなければ……このようなろくでもない巫女……さっさと上界から追い出すものを……忌々しい……」
ホント……散々な言われようだ……。
初めて会って、その言葉はないでしょ……?
龍と人間の違いはあるにせよ、その言い方はないんじゃないのかな……。
正直、ヘコむよ……。
気持ちがどんどんヘコんでゆく私に御義母様は全くもって気づいていない様子だった……。
「そなたは一体、何をしているのじゃ?」
「えっ……」
思いもよらぬ問いに、素っ頓狂な声を上げてしまった……。
「我、息子……風龍はそなたのために自らの命を削り続けておるというのに……」
「……っ……」
それって……どういうことなんだろう……と、訝しげに眉を寄せた……。
「そなたと本当の夫婦になるべく、そなたのことを何よりも一番に想い、次の巫女も迎え入れず、己の力を制御して国を守りつつ、そなたに何不自由なく上界で生活を送れるよう…。わざわざ人型となって外界へと赴き、神主とやらに頭を下げ、外界のことを学び、食事の準備をしてもらう手筈まで整え、毎日通い続けておるのじゃ」
「……っ……」
あっ……。
『私と本当の夫婦になるなら……他の巫女を迎え入れてほしくない……。もし、迎え入れるのなら……私が亡くなった後にして……』と、言ったから……?
そう言った私に対して風龍様は『分かった』と、一言……優しく微笑みながら言ってくれた……。
私は『巫女としてのお役目を果たすための巫女を迎え入れないで』と、いったつもりはなかった。
あの時は他の国では巫女としてのお役目を終えた巫女を次々と本当の夫婦として迎え入れている……と、いう話も聞いていたし、掟に対する反発心もあって、あえて分かりにくい言い方をして、意地悪なことをしてしまったのだ……。
風龍様と本当の夫婦になる巫女を迎え入れてほしくなかっただけなのに……風龍様はお役目を果たさなければならない巫女さえ私が迎え入れてほしくないと言っている……と、判断したようだった……。
「……その表情……知らぬと、言いたげじゃのぅ。やれやれ……」
御義母様はハッキリと私の耳に届くように大袈裟なため息をついた……。
「……人間……と、やらが我らのことをどう思っているのか知らぬが……我らは質素な暮らしを好む。そうは言っても……龍としての威厳もある故……屋敷の外装は絢爛豪華ではあるが、内装は実に簡素である。我らの食事は上界の清らかな空気のみ」
「えっ……」
上界に来てからずっと風龍様は私と一緒に食事を摂っている。
どの料理も『美味しい、美味しい』と、言って、食べ残したことは一度もない……。
「我らは人間の食事は摂らぬ。仮にも……人間の食事を口にすれば毒となりて身体を蝕んてゆくのじゃ……」
……ど、く……。
蝕む……って……。
御義母様の言葉が次々と私の心の中に突き刺さってゆく……。
それはさっきの言葉よりももっと鋭くて……。
「本来……上界に住まうことの出来ぬ人間が住めば……多少なりとも空気は汚れ、我らはもっと上空にある清らかな空気を求める……。少しでも清らかな空気を上空に留めるべく、そなたを龍の住まう屋敷とは別の離れ……上界の隅に住まわせてやっているだけのこと……。そなたが上界に来ることさえ、我は嫌で仕方なかったが……我、息子……風龍が決めたことには逆らうことは出来ぬ……。しかしな、我、息子をこれ以上苦しめ、命を奪うような振る舞いが続くのであれば……そなたを許さぬ……」
すーっと、扇子を目元の位置までずらして、御義母様がキッと、鋭い瞳で私を睨みつけた……。
「空気も悪く、人間臭い……我の鼻はひん曲がり、身体が何とも重くて怠い……限界じゃ‼ 屋敷へ戻る‼」
一方的に言いたいことだけを言って……御義母様は空気の如く、すーーっと消えていったーー……。
一日中、何もすることがない私は暇を持て余していた……。
巫女として中界にいる頃は一日の流れがきっちりと決まっていた。
明朝より起きて、朝餉を頂き、身を清めてから神事を行なう社へと入り、そこから日が暮れるまでひたすら風龍様に祈りを捧げて、風龍様から受け取った力を己の身体を通して外界へと送り続けて、平和を維持し、秩序を保つ。
あっ……社に入る前に行なう禊はツラかったな……。
特に冬場‼
お湯での禊は許されていないから真冬でも真水で身を清めてた……。
身を震わせながら社へと入り、巫女としてのお役目を果たしていたっけ……。
今、思えば……それはそれで大変だったけど……懐かしい日々……。
ある意味、充実してたのかな……と、さえ思う……。
ぁ゙ーヒマ‼
屋敷内は自由に歩き回っていいってされてるけど……屋敷外に出ることは禁止されていた……。
上界がどうなっているのか……気になってこっそり屋敷外に出ようとしたけれど……見えない壁のようなものがあって、出れなかったんだよね……。
人間が踏み入れることも……まして、目で見ることさえ出来ない雲の上に存在する世界……上界。
ここにいるんだから、少しくらい上界のことを知ってもいいじゃない。
上界のことを知ったところで上界の様子を外界にいる人間に話をすることは出来ないんだし……。
そうなんだ。
私は寿命が尽きるまで外界に戻れない……。
そのことは風龍様と初めて話をした日に言われたこと……。
屋敷外に私が出れないのは……人間が本当の夫婦であるならば……上界で生活することは許されているけど、行動範囲は決まっている……とか?
そういう掟を私が知らないだけで、あるのかも……。
ーー母上が人間を忌み嫌っていますからね……ーー
ふと、弟御様の言葉が脳裏に蘇った……。
……もしかして……母親の想いも汲み取ってのことだったりもするのかな……?
そんなことを考えていた時ーー……。
ギィィ……。
不意に部屋の扉が開いた……。
「ほんに……鼻がひん曲がりそうじゃ……」
扇子で顔を隠したすらっとした細身の女性(……って、いいのかな?)が立っていて、不快感を露わにした声で言った……。
その女性が身に纏っている衣服は私よりももっと上品で高価なものだった。
上着は濃い紫色で襟元と袖口、裳も漆黒だった。
鮮やかな金色の糸を使い、衣服の細部にまで施されていた。
姿からすぐに龍神様だと分かったけど……風龍様から見てどなたにあたるのかまでは分からなかった……。
「……だ、れ……?」
「……だ、れ……とな? 口の聞き方も知らぬのか……。下等な生き物めが……」
「ーーっ⁉」
あまりにひどい言われように、私はカチンときてしまった……。
「我は風龍よ母ぞ」
「えっ……」
今度は……風龍様の母親が私の目の前に登場ってわけ⁉
どうして……?
人間を忌み嫌っているって、聞いていたから絶対にここへは来ないと思ってた……。
なのに、なんで⁉
ここへ来たの⁉
もう、一体なんなのよーー‼
……と、心の中で叫ぶ。
「……掟さえなければ……このようなろくでもない巫女……さっさと上界から追い出すものを……忌々しい……」
ホント……散々な言われようだ……。
初めて会って、その言葉はないでしょ……?
龍と人間の違いはあるにせよ、その言い方はないんじゃないのかな……。
正直、ヘコむよ……。
気持ちがどんどんヘコんでゆく私に御義母様は全くもって気づいていない様子だった……。
「そなたは一体、何をしているのじゃ?」
「えっ……」
思いもよらぬ問いに、素っ頓狂な声を上げてしまった……。
「我、息子……風龍はそなたのために自らの命を削り続けておるというのに……」
「……っ……」
それって……どういうことなんだろう……と、訝しげに眉を寄せた……。
「そなたと本当の夫婦になるべく、そなたのことを何よりも一番に想い、次の巫女も迎え入れず、己の力を制御して国を守りつつ、そなたに何不自由なく上界で生活を送れるよう…。わざわざ人型となって外界へと赴き、神主とやらに頭を下げ、外界のことを学び、食事の準備をしてもらう手筈まで整え、毎日通い続けておるのじゃ」
「……っ……」
あっ……。
『私と本当の夫婦になるなら……他の巫女を迎え入れてほしくない……。もし、迎え入れるのなら……私が亡くなった後にして……』と、言ったから……?
そう言った私に対して風龍様は『分かった』と、一言……優しく微笑みながら言ってくれた……。
私は『巫女としてのお役目を果たすための巫女を迎え入れないで』と、いったつもりはなかった。
あの時は他の国では巫女としてのお役目を終えた巫女を次々と本当の夫婦として迎え入れている……と、いう話も聞いていたし、掟に対する反発心もあって、あえて分かりにくい言い方をして、意地悪なことをしてしまったのだ……。
風龍様と本当の夫婦になる巫女を迎え入れてほしくなかっただけなのに……風龍様はお役目を果たさなければならない巫女さえ私が迎え入れてほしくないと言っている……と、判断したようだった……。
「……その表情……知らぬと、言いたげじゃのぅ。やれやれ……」
御義母様はハッキリと私の耳に届くように大袈裟なため息をついた……。
「……人間……と、やらが我らのことをどう思っているのか知らぬが……我らは質素な暮らしを好む。そうは言っても……龍としての威厳もある故……屋敷の外装は絢爛豪華ではあるが、内装は実に簡素である。我らの食事は上界の清らかな空気のみ」
「えっ……」
上界に来てからずっと風龍様は私と一緒に食事を摂っている。
どの料理も『美味しい、美味しい』と、言って、食べ残したことは一度もない……。
「我らは人間の食事は摂らぬ。仮にも……人間の食事を口にすれば毒となりて身体を蝕んてゆくのじゃ……」
……ど、く……。
蝕む……って……。
御義母様の言葉が次々と私の心の中に突き刺さってゆく……。
それはさっきの言葉よりももっと鋭くて……。
「本来……上界に住まうことの出来ぬ人間が住めば……多少なりとも空気は汚れ、我らはもっと上空にある清らかな空気を求める……。少しでも清らかな空気を上空に留めるべく、そなたを龍の住まう屋敷とは別の離れ……上界の隅に住まわせてやっているだけのこと……。そなたが上界に来ることさえ、我は嫌で仕方なかったが……我、息子……風龍が決めたことには逆らうことは出来ぬ……。しかしな、我、息子をこれ以上苦しめ、命を奪うような振る舞いが続くのであれば……そなたを許さぬ……」
すーっと、扇子を目元の位置までずらして、御義母様がキッと、鋭い瞳で私を睨みつけた……。
「空気も悪く、人間臭い……我の鼻はひん曲がり、身体が何とも重くて怠い……限界じゃ‼ 屋敷へ戻る‼」
一方的に言いたいことだけを言って……御義母様は空気の如く、すーーっと消えていったーー……。