「……十七年間ありがとうございました」
私は形式に則った流れで座敷に正座をして両手をつき、深々と頭を下げて、あらかじめ決められている言葉を紡ぐも心の中はとても複雑だった……。
こんな言葉いる⁉
確かに……お礼は伝えなくちゃいけないとは思うけど……私、個人からすれば……感謝の気持ちはハッキリ言って、ないに等しい……。
それは……私がいる場所よりも三尺弱先に一段高くなった簾のかかった座敷に鎮座しているであろう……人物に十七年間、一度たりとも直接会ったこともなければ、声すら聞いたことがなかったから……。
最後くらい何か……一言くらいあっても良くない?
目くじらをたてても仕方がない……。
本当にそうなのか、分からないけど……一段高い座敷に鎮座している人物も私同様にただ……古くから続く掟に対して忠実に従っているだけのこと……
って、頭の中では無理やりにでもそう思って納得しないとやってらんない……。
けれど……気持ちの面ではそう簡単には割り切れなくて……。
そういう掟があるとはいえ……十七年間…婚姻関係(これもまた、掟に従ってのことだけど)にあったのだから、何かしらの方法でちょっとでもいいから気にかけてほしい…と、嫁いだ頃は慣れ親しんだ外界を離れた淋しさが故にそう…密かに微かな望みを抱き続けていたが……その望みもいつしか消え去り……私の心の中には不満だけが募っていった……。
気がつけば……これまで少しずつ募っていった不満を抑えきれずに……とうとう心の中で悪態をつくようになってしまった……。
そんな不満を募らせるのも……今日で……ううん、この屋敷を後にしてしまえば……もう、募らせることはない。
だって、一切の関係がなくなるもの。
こんな喜ばしいことはない。
さぁーてと、さっさとでーよおっと!
「それでは……失礼致します」
私は頭を下げたまま……すくっと、その場から立ち上がり、座敷を後にしようとゆっくり下がり始めた。
もーめんどくさいな〜。
立場上……私の方が簾の奥の座敷に鎮座している人物よりも位が低いため、後ろ姿は失礼にあたるので、頭を下げたまま後ろの戸口まで下がらなきゃいけない……。
なおかつ、私の服装は巫女服。
朱色の巫女用袴の裾を踏んでしまえば……転けてしまうため、裾を踏まないように……そろーり、そろーり……と、すり足で下がってゆくからその分、時間がかかってしまう……。
苦労しながら下がり続けていると……
「ーーっ……」
不意に、声を耳にした……。
そんな気がしたけど……顔を上げて辺りを見回すことはもちろん出来るはずがない……。
さっきも言ったように……私は簾の奥の座敷に鎮座している人物よりも位が低いため、頭を上げることも失礼になってしまうために辺りが気になるけれど……確認は出来ない……。
気のせいよっ……!
気のせいっ‼
そう、割り切って私は足を後ろへと運ぼうとした。
その時……
「ーー待て……」
「ーーっ……⁉」
「待てと、言っておるだろう?」
今度はハッキリと声を耳にしたと同時にふわっと包みこまれるような……あったかさを感じた……。
「余の声が聞こえぬのか?」
「ーーっ⁉」
耳元で囁かれた声にビックリして、声のする方へと視線を向けると……そこには美青年の顔が間近にあった。
「ーーっ⁉」
なっ、なんで⁉
いつの間に⁉
「だ、誰っ⁉」
驚きのあまり私は声を上げていた……。
「誰……とは、失礼なヤツよ。無礼にも程があるぞっ‼」
ほんの一瞬……不機嫌そうな表情をしたかと思ったら……やんわりと微笑みを浮かべて話し続けた。
「ーーと、言うのは少々言いすぎか。この姿で逢うのは……いや、そもそもそなたに姿をさらすのは初めてのこと……声を荒げて、『誰』と、問われても仕方がないことではあるがな……少々、哀しかったぞ……」
「……?」
「余は風龍」
「ーーっ⁉」
えっ……。
……今……なんて、言ったの……?
私は己の耳を疑った……。
ーー余は風龍ーー
美青年が言った言葉が頭の中で繰り返された……。
えっ、まさか……本当に?
私は真相を確かめるべく……恐る恐る言葉を口にする……。
「……ふ、う……りゅ……う……?」
コクッ……と、美青年が大きく頷いた。
「……あ……の……下界を守り、平和をもたらし続けし……風龍……さま……?」
「さよう」
凛とした表情を浮かべて、風龍さまがハッキリと、言った。
私が生きているこの世界は……古より四つの国に分かれている。
それぞれの国に風龍、水龍、火龍、土龍の四龍がいて、その龍神様の庇護の下、平和がもたらされ、世の中の秩序が保たれている。
四つの国は他の国との外交(貿易)を積極的に行わず、よほどのことがない限り干渉しあわないから、それぞれの国が独自の文化を持っているらしい……。
もっと詳しくこの世界のことを言えば……国は上界、中界、外界の三つに分かれていて、龍神様が住まう場所と人間が住まう場所がはっきりと分けられている。
上界は龍神様が住まう神聖な場所。
雲の上に存在してして、その神聖な場所を目にしたものは誰もいない……と、言われている。
中界は風龍さまの下に嫁いだ巫女が住む屋敷と巫女の世話ががりである侍女達が住む屋敷とが連なっている。
他にも神事(風龍様に祈りを捧げる)を執り行う社、風龍様に謁見する屋敷、禊を行う場所……と、細かく分かれている。
神事を執り行う社で巫女は一日中、風龍様に祈りを捧げて、風龍様から受け取った力を己の身体を通して外界へと送り続けて、平和を維持し、秩序を保っている……と、いうとても大切なお役目を担っている……いわば、上界と外界を結ぶ要のような場所……と、言ってもいい。
外界は人間達が住まう場所。
四つの国それぞれに龍神様を祀る神社または神殿があって、その神社の巫女または神殿の聖女は代々、十七年にごとに成人の儀を迎えた十三歳以上の女性《もの》がそれぞれの国の龍神様の妻になるというしきたりがある。
何故、そういうしきたりがあるのか、と言えば……風龍様の力があまりにも強大なため、そのまま下界へと送り込むと下界が滅びてしまう可能性あるため……と、言われている。
それでは風龍様の庇護を受けることができない……。
風龍様の庇護を受けるにはどうしたらよいか、と考えたところ……その力を受け止めてから下界へと送り込めばいいのだと結論づけ、そのお役に相応しい人物が巫女だったという。
また、巫女のお役目が十七年というのは、さっきも言った通り……風龍様の力があまりにも強大なため、身体が持たない……と、言われている。
なので、巫女は巫女としての能力は勿論のこと、より健康体な女性が選ばれる。
私は風龍様が守りし国に生を受け、巫女の一人としてお役目を言い渡された。
そして、迎えた十七年後……巫女としてのお役目を果たし、形式に則って風龍様と離縁をして、外界へと返される日を迎えていた……。
「えっ、ちょっ……と、待って……風龍さま……って……龍じゃないの……⁉」
私を抱きしめ、至近距離にいるのは……紛れもなく人間の青年……。
と、いっても……形は人間だけど……見た目は人間とはかけ離れている……。
人間にしては白すぎる程の透き通った肌。
透明でキラキラと光沢のある長い髪の毛。
切れ長い瞳は透明と思いきや……光の加減によってはやや水色っぽくも見える……。
すーっと引かれた眉毛に鼻筋の通った鼻、薄い紅色の唇。
服装は濃い藍色の生地に襟と袖口が漆黒。
細かな龍の文様が金色の糸で施されている|龍袍(りゅうほう)を身に纏っていた。
衣服の素材についての知識があまりなくてもひと目で上等な衣服だと分かる代物だった。
「いかにも。そなたが言うように常日頃は龍の姿だが……必要であれば、人間の姿にもなれる。すごいであろう」
そんな能力まであるの⁉ と、私はビックリしてしまったけど……それ以上に自慢気な表情をする風龍さまの横顔がちょっぴり幼く見えて……
クスッ……と、口許が緩んでしまった……。
「何を笑っておるっ!」
「あっ……ごめんなさい。あまりにも子どもっぽいな……って、思って……。風龍さまは私なんかよりもずーっと長生きで、大人だろうな……って、思ってて……そんな子どもっぽい姿が見られるなんて思ってもなかったから……」
あっ……!
つい、友達と話をするような馴れ馴れしい話し方しちゃってるじゃんっ‼ と、今更ながら気がつき、私は慌てて謝罪の言葉を口にする……。
「と、んだご無礼をっ……! もっ、申し訳ありませんっ‼」
「何がだ?」
風龍さまは理由が分からぬ……と、いった表情をして私を見た……。
そんな風龍さまの様子に私は戸惑いながらも懸命に言葉を伝えた……。
「……えっ、と……ですから……私……風龍さまに対して馴れ馴れしい話し方を……」
「そうか……? 余は全く気にならなかったが。むしろ…嬉しかったぞ。堅苦しい話し方はどうも苦手でな。そなたの喋りやすいように……好きに話せば良い」
あっけらかんと風龍さまが言いきった。
へぇー。
なんか、意外……。
風龍さまはもっと、こう……些細な無礼も絶対に許さない……そんな堅苦しいお方だとばっかり思ってた。
……ん?
ちょっと、待って……。
風龍さまに対してすごく無礼な態度(話し方も含めて)を取っちゃったけど……それよりももっと、ヤバいこと……してない……?
してる……よね?
私の頭の中では瞬時に風龍さまとのやり取りが鮮明に繰り返されると共に、ある一つの言葉も蘇っていた……。
ーー何があっても国を滅ぼすような愚かなことはするな…良いな?ーー
物心ついた時からずっと、神主様から絶えず言われてきた言葉で、それは巫女として私が守るべき掟……。
その掟は事細かに定められて、その一つに……
風龍さまの神聖なる力を汚さぬよう……
祭事の時のみ、あらかじめ決められている言葉を話すことが許され、それ以外の場合は例え婚姻関係の巫女であろうとも人間の分際で軽々しく風龍様に声をかけてはならないこと。
祭事の時に限り、風龍さまの姿を簾の越しのみでの謁見が許されていること。
もし、一つでも掟を破れば……風龍様は穢れ、力は弱まるどころか……この国自体が滅んでしまう……。
……私……いとも簡単にその掟を一つを破っちゃってる‼
サーッと、血の気が引いてゆく……。
ど、どうしよう……。
私……取り返しのつかないことを……。
「落ち着くのだ」
「お、ちつくのだ……って、これが、落ち着いてなんか……」
「大丈夫だ」
間髪入れずに風龍様が言葉を紡ぎ、私のことをさらにぎゅっ……と抱きしめて、じーーっと真剣な眼差しで見つめた……。
……キレイ……。
こんな時に何を思ってるんだ‼
……って、言われそうだけど……私のことを一心に見つめる風龍様の透明で澄んだ瞳を魅入ってしまったんだ……。
「……大丈夫……大丈夫だ……」
風龍様は何度も同じ言葉を繰り返した……。
それはまるで私に言い聞かせ、心を落ち着かせるように……。
言葉を紡ぎながら、風龍様が一方の手で私の背中をゆっくりと撫でた……。
「取り乱すきもちは分かる……。大丈夫だ。心の中に抱いておる思いや疑問は一つ、一つ余が答える故……心を落ち着かせて余の話を聞いてほしい……」
「……っ……」
風龍様のやんわりとした物言いと背中をゆっくりと撫でられる心地よさに不思議と私の心は落ち着きを取り戻していき……コクッ……と、小さく頷いた……。
私が心の落ち着きを取り戻すと……風龍様はそっと私から距離を取って、ゆっくりと話し始めた。。
「単刀直入に申せば……国は滅ばぬ」
「えっ……」
「掟を破ったことにはならぬ」
「……?」
……どういうこと……?
掟を破ったことには……ならないって……。
私は風龍様が言って言葉の意味が分からなくて……眉を寄せた……。
「何故、掟を破ったことにならぬのか……その理由は……」
ゴクッ……。
生唾を飲み込む……。
「十七年が経ち、巫女としての役目を終えた女性と、直接逢うこと、会話を交わすことは許されておる。それと…十七年が経つ前に余が巫女に話しかけると穢れてしまい、その役目をはたせなくなるため……一切声をかけることは許されてはおらぬ故……話しかけたくとも出来なかった……。姿もそのような理由があり、簾越しでの対面のみ許されておる」
「えっ……そうなのっ⁉」
私はずいっ……と、顔を近づけて風龍さまに尋ねていた。
「さよう」
やっぱり……人間の巫女だけでなく、風龍さまにも守るべき掟があるんだ……と、初めて知った……。
「そ、うなんだ……。良かった……」
……本当に良かった……。
私の軽率な行動で国が滅んでしまう……って、思ったら……すごく怖くて……。
私がホッと肩を撫でおろしたと同時に風龍さまが静かに言った。
「ただし……」
ほんの一瞬……ピリッと、空気がひりついた……。
「……本当の夫婦としての契りを交わし、何があっても妻として迎えた巫女の寿命が尽きるまで生涯を共に生きなければならぬ」
「ーーっ⁉」
己の耳を疑った……。
な……に、それ……。
「……私……そんな、掟……か、あるなんて……聞いたことない……」
……そうだよ。
聞いたことない……。
これまで一度だって……そんな掟があるなんて……神主様も他のお姉様達や親族の方々からも……聞いたことがない……。
掟があるなら……すべてを伝えられているはずだもの……。
何かの間違いではないか……と、風龍様の言葉を疑ってしまう……。
「そうであろうな」
「……?」
「あまり公にされておらぬ掟故…知らなくて当然のこと。そもそも龍と巫女が本当の夫婦になること事態……珍しいことだからなっ。特にこの国では……。例え、前例があったとしても……それは遠い昔のこと故……伝えておらぬやもしれぬ。
一度たりとて龍と巫女が本当の夫婦になったことがない国もあれば……数年……いや、数百年か……巫女と夫婦になる国や十七年後に巫女としての役目を終えた女性と次々に夫婦になる一夫多妻制が当たり前の国もある。まぁ……それぞれと、いうことだ」
「……全然……知らなかった……」
「知らなくて当然だ。その国の内情と言えば……内情。四つの国は他の国との外交(貿易)を積極的に行わず、よほどのことがない限り干渉しあわぬのだから……。ただ、余達龍同士はお祝いの席が好きな故にそういう報告は手紙にてすぐにやり取りをし、祝いの宴を催すから知っているだけのこと」
……それで種族は違うけれど、龍同士仲が良いってことなんだ……。
お祝いの席が好き……なんて、なんか人間っぼいな…って思って、私は勝手に親近感を抱いた。
龍と巫女が本当の夫婦になる……。
そんなことがあるなんて……考えたことすらなかった……。
「……もし……掟に従わなかったら……?」
「死する」
「えっ……」
「二人ともにな……」
「……っ……」
絶句するしかなかった……。
「脅す言葉にしか聞こえぬかもしれぬが……それだけではないぞ。まず、本当の夫婦にならなかったことで掟である十七年間という周期が狂い、風龍の守りし国の秩序が壊れる。滅びるまではいかぬが……どんなに早く次の風龍を決めたとしても……天災が長くても十七年間は起こり続ける……」
「……そ、んな……」
……掟……と、いう時点で私に選択肢なんてないじゃない……。
私はただ……これからの人生を自分の思うように生きたいだけなのに……なんで、どうしてこんなことになるの?
嫌だ、絶対に嫌……‼
でも、この国が……下界に天災が起こり続けるのもダメ……絶対にダメ……。
分かってるのに……すぐに納得出来ないよ……。
だって……私はこれまで決められた人生をひたすら歩くことしか許されなかった……。
それが巫女として、この世に生を受けた定めでもあるから……。
けど……巫女としてのお役目を終えたら……自分の人生は自分で決めよう……って、密かに心の奥で決めていたの。
巫女としてのお役目を勤しんだもの……全てこの先にある未来のため……と、いっても過言じゃない。
巫女としてのお役目を終えた巫女は直ちに下界の神社へと帰される。
その後……多くの巫女は名のある貴族の正室へと迎えられ、世継ぎ(男の子)を求められる。
それは少なくとも巫女としてのお役目を終えた巫女は風龍様の力が身体の中に残っており、より優秀な子を授かる可能性が高くなるから……。
さらに言えば……風龍様の力を宿した巫女は実年齢と見た目に大きな差があり、とても若く見える。
肉体はほぼ風龍様の下へ嫁いだ姿のまま……。
これも風龍様の力によるものだと考えられていて、どんなに巫女が歳を取っていようとも風龍様の力を宿した巫女を貴族達はこぞって求めている。
お役目を終えた巫女が名のある貴族に嫁ぐと神社には莫大な奉納金が納められ、子が女の子だと神社に引き取られ、巫女としての素質があるか見極められながら成人の儀まで育てられる。
巫女としての素質があれば、巫女としてのお役目を言いつけられ、中界へと入ることになる。
反対に巫女としての素質がなければ、侍女として神社もしくは中界で働くこととなる。
私は貴族になんか嫁ぎたくない。
まっぴら御免だ!
この身体に宿った風龍様の力を使って、一人静かに細々と暮らしていきたい……。
不思議と風龍様の力には治癒力があって、簡単な怪我なら手をかざすだけで治すことができる。
ただし、それで莫大な富を築こうとすればたちまちに風龍様の力は消え去る……。
巫女のお役目を終えて下界に帰され、そこで新たな生活をしているとはいえ……風龍様自身の力の一部を拝借している形になるのか、そういう悪用と思われることを行なうと直ちにバレてしまう(らしい……)
この力をお借りして、怪我をした人々を治療し、その治療代とちょっとした農業を行なって生きていけたら……もう何もいうことはない。
そう、抱いていた希望は儚く消え去ってしまった……。
「……どうして……私なの……?」
「……?」
「どうして……私なんかを……? これまでたくさんの巫女がお役目を果たすために中界へと入り容姿も巫女としての能力にも優れている女性がいたはず……なのに、どうして……容姿も巫女としての能力も平凡な私なんかと本当の夫婦になりたいって……本気で思ってるの?」
「……確かに、容姿も巫女しての能力にも優れた女性はいた」
ドクンっ……。
鼓動が大きく打ちつけた……。
ほら……やっぱり、いたんじゃない。
「じゃ、その女性を……」
「だが……余の心を虜にする程の魅力はなかった……」
「えっ……」
「余の心を虜にした初めての女性はそなた……楓花だけだ」
「ーーっ⁉」
ドキッ‼
不覚にも心が高鳴った……。
……そんなこと初めて言われた……。
「う……そ……」
思わず口から出た言葉に風龍様は真剣な瞳で真っ直ぐに私を見つめていた……。
「嘘ではない。簾越しではあったが……初めて楓花を目にした時……何とも気の強そうな巫女だ……と、感じた。十七年間を通して中身も相当気が強いことが分かったがな」
「……?」
「これまで余に対して物怖じせず、ハッキリと己の思いを物申す者は誰一人としていなかった…。余にとって楓花は実に興味深く、これから先もずっと一緒にいたい…そう、思っておった」
風龍様がすーっと腕をのばして私を優しく抱きしめた……。
「あぁ…夢のようだ…。今……こうして直接、抱きしめ、言葉を交わす日が来ようとは…。この時をどれ程…余が待ち望んでいたことか…。楓花よ…余と共に生きよ……」
「……っ……」
あまりにも唐突過ぎる風龍様の申し出に私は驚き、言葉を失う…。
「愛しておる…楓花…」
さらに強く風龍様が私を抱きしめた……。
「ちょっ、や……めて……」
えっ、なに…どういうこと⁉
思いもよらぬことばかりが起こりすぎて…全くもって状況が理解出来ない…。
私はとにかく風龍さまの胸の中から逃げ出そうと精一杯の力を込めて身動ぎして、抵抗するも…所詮は女性の力…びくともしない…。
「おぉっ! 照れておるのか…なんとも可愛や、可愛や」
私の額の方へと風龍さまが顔を寄せて、左腕で私を抱きしめたまま、もう片方の右手で頭を優しく撫でた。
「てっ…照れてなんかなーいっ! とにかく……離して‼ って、いうか……離れてっ‼」
力がダメなら、叫ぶまで‼
私は精一杯の大きな声を出して訴えた。
「やれやれ……」
以外にも(⁉)風龍様はあっさりと私から距離を取ってくれた。
「……いきなり……そんなこと、言われても……困る……」
「これまで話せなかったからな。すまぬ……」
……そう、これまで規定に則った言葉しか口にするが出来なかったから、風龍様がどんな想いを抱いて過ごしていたのか……知る由もなかった……。
自由に自分の想いを口に出来るようになった瞬間……話したくなる気持ちは分からなくもない……。
想いを寄せ続けている巫女と話が出来るとなれば、尚更……。
……ん?
ちょっと、待って……。
どうして、風龍様は
ーー余に対して物怖じせず、ハッキリと己の思いを物申す者は一人としていなかった…ーー
なんて、言ったのだろう……。
当然のことだけど……私だって、風龍様に直接会ったのも話をしたのも……今が初めて……なのに、どうして?
「心の声が聞こえるのだ」
「ーーっ⁉」
言葉を口にしていないのに的確な返答が返ってきて、私は心臓が飛び出るくらい驚いた…。
えっ…なんで、どうして…?
「中界へと入ってきた瞬間から巫女の心の声が聞こえるようになるのだ」
またも的確な返答にビクッと、ほんの一瞬……身体がこわばる……。
「風龍の力を受ければ受ける程、心の声は鮮明になる」
「ーーっ‼」
……って、いうことは……これまで私が心の中で呟いていた不平不満は全部、風龍様に聞こえてたってこと⁉
しかも、ほぼ筒抜け状態……。
私……風龍様に聞こえてないことをいいことに散々好き放題不平不満をぶちまけてたよ……。
それに心の声を風龍様に聞かれるなんて……聞いてない‼
話忘れてた……じゃ、すまされないよーー‼
そもそもそのことは外界にいる神主様達には伝えられてない……?
それとも、あえて伝えていないのか……。
そのどちらにしても……
マズい……。
非常にマズい……。
またもサーッと、血の気が引いてゆく…。
もう手遅れ……。
後の祭りかもしれないけど……今、私がやるべきことは一つ‼
「ご……ごめんなさいっ‼」
勢いよく頭を垂れて、謝罪の言葉を口にする。
「何故、謝る?」
「だって、私……とても無礼なことばかり……」
「そうじゃな。」
ニヤッ……と、風龍様は意地悪な笑みを浮かべた……。
やっぱり、相当根に持ってる感じ……?
ビクビクしながら風龍様の様子を伺う……。
「余は楓花の本音が聞けて良かったぞ! 面白かったし、嬉しかった」
「えっ……」
意外な言葉に私はビックリする……。
「他の巫女は大抵……余を恐れるか、恐れながらも必死に諂うかのどちらかだった……。そんな心の声を散々聞いて、余は心底ウンザリしておった……」
「……どうして……風龍さまは巫女の心の声が聞こえるの? 私は一切風龍さまの心の声は聞こえないけど……。それって…なんかズルい……。平等じゃない気がする……」
「そう言われたら……そうだな。 だが、これには意味があるのだ」
「……意味?」
「さよう……。巫女の心の声が聞こえるのは己を守るため……」
「……おの、れを守る……? 誰から?」
「人間からだ。」
「ーーっ⁉」
「反乱を恐れてのこと。いくら風龍の庇護の下、平和がもたらされ、世の中の秩序が保たれているとは故……決して逆らうことはないであろう……。だが、これから先……どんどん技術が発展していき人間達の暮らしが豊かになっていけば……それも分からぬ……。いついかなることが起こるやもしれぬ……龍である余さえも未来は分からぬのだ。そのために……巫女の心の声が聞こえるのだ」
風龍様は淋しそうな……やるせない表情をしてやや俯き加減に視線を足元へと落とした……。
「楓花の心の声が聞こえるのもあと僅か……。巫女としての役目を終えてしまったので、もうじき聞こえなくなる」
「そうなんだ」
良かった……と、心の底から安堵する。
「さて、楓花の疑問は全て解決したか? 解決したのであれば、行くぞ!」
「えっ、行くってどこへ?」
「どこへとな? 上界に決まっておるだろう?」
そう風龍様が言葉を紡ぐと、同時に私はまばゆい光に包まれたんだーー……。
私は形式に則った流れで座敷に正座をして両手をつき、深々と頭を下げて、あらかじめ決められている言葉を紡ぐも心の中はとても複雑だった……。
こんな言葉いる⁉
確かに……お礼は伝えなくちゃいけないとは思うけど……私、個人からすれば……感謝の気持ちはハッキリ言って、ないに等しい……。
それは……私がいる場所よりも三尺弱先に一段高くなった簾のかかった座敷に鎮座しているであろう……人物に十七年間、一度たりとも直接会ったこともなければ、声すら聞いたことがなかったから……。
最後くらい何か……一言くらいあっても良くない?
目くじらをたてても仕方がない……。
本当にそうなのか、分からないけど……一段高い座敷に鎮座している人物も私同様にただ……古くから続く掟に対して忠実に従っているだけのこと……
って、頭の中では無理やりにでもそう思って納得しないとやってらんない……。
けれど……気持ちの面ではそう簡単には割り切れなくて……。
そういう掟があるとはいえ……十七年間…婚姻関係(これもまた、掟に従ってのことだけど)にあったのだから、何かしらの方法でちょっとでもいいから気にかけてほしい…と、嫁いだ頃は慣れ親しんだ外界を離れた淋しさが故にそう…密かに微かな望みを抱き続けていたが……その望みもいつしか消え去り……私の心の中には不満だけが募っていった……。
気がつけば……これまで少しずつ募っていった不満を抑えきれずに……とうとう心の中で悪態をつくようになってしまった……。
そんな不満を募らせるのも……今日で……ううん、この屋敷を後にしてしまえば……もう、募らせることはない。
だって、一切の関係がなくなるもの。
こんな喜ばしいことはない。
さぁーてと、さっさとでーよおっと!
「それでは……失礼致します」
私は頭を下げたまま……すくっと、その場から立ち上がり、座敷を後にしようとゆっくり下がり始めた。
もーめんどくさいな〜。
立場上……私の方が簾の奥の座敷に鎮座している人物よりも位が低いため、後ろ姿は失礼にあたるので、頭を下げたまま後ろの戸口まで下がらなきゃいけない……。
なおかつ、私の服装は巫女服。
朱色の巫女用袴の裾を踏んでしまえば……転けてしまうため、裾を踏まないように……そろーり、そろーり……と、すり足で下がってゆくからその分、時間がかかってしまう……。
苦労しながら下がり続けていると……
「ーーっ……」
不意に、声を耳にした……。
そんな気がしたけど……顔を上げて辺りを見回すことはもちろん出来るはずがない……。
さっきも言ったように……私は簾の奥の座敷に鎮座している人物よりも位が低いため、頭を上げることも失礼になってしまうために辺りが気になるけれど……確認は出来ない……。
気のせいよっ……!
気のせいっ‼
そう、割り切って私は足を後ろへと運ぼうとした。
その時……
「ーー待て……」
「ーーっ……⁉」
「待てと、言っておるだろう?」
今度はハッキリと声を耳にしたと同時にふわっと包みこまれるような……あったかさを感じた……。
「余の声が聞こえぬのか?」
「ーーっ⁉」
耳元で囁かれた声にビックリして、声のする方へと視線を向けると……そこには美青年の顔が間近にあった。
「ーーっ⁉」
なっ、なんで⁉
いつの間に⁉
「だ、誰っ⁉」
驚きのあまり私は声を上げていた……。
「誰……とは、失礼なヤツよ。無礼にも程があるぞっ‼」
ほんの一瞬……不機嫌そうな表情をしたかと思ったら……やんわりと微笑みを浮かべて話し続けた。
「ーーと、言うのは少々言いすぎか。この姿で逢うのは……いや、そもそもそなたに姿をさらすのは初めてのこと……声を荒げて、『誰』と、問われても仕方がないことではあるがな……少々、哀しかったぞ……」
「……?」
「余は風龍」
「ーーっ⁉」
えっ……。
……今……なんて、言ったの……?
私は己の耳を疑った……。
ーー余は風龍ーー
美青年が言った言葉が頭の中で繰り返された……。
えっ、まさか……本当に?
私は真相を確かめるべく……恐る恐る言葉を口にする……。
「……ふ、う……りゅ……う……?」
コクッ……と、美青年が大きく頷いた。
「……あ……の……下界を守り、平和をもたらし続けし……風龍……さま……?」
「さよう」
凛とした表情を浮かべて、風龍さまがハッキリと、言った。
私が生きているこの世界は……古より四つの国に分かれている。
それぞれの国に風龍、水龍、火龍、土龍の四龍がいて、その龍神様の庇護の下、平和がもたらされ、世の中の秩序が保たれている。
四つの国は他の国との外交(貿易)を積極的に行わず、よほどのことがない限り干渉しあわないから、それぞれの国が独自の文化を持っているらしい……。
もっと詳しくこの世界のことを言えば……国は上界、中界、外界の三つに分かれていて、龍神様が住まう場所と人間が住まう場所がはっきりと分けられている。
上界は龍神様が住まう神聖な場所。
雲の上に存在してして、その神聖な場所を目にしたものは誰もいない……と、言われている。
中界は風龍さまの下に嫁いだ巫女が住む屋敷と巫女の世話ががりである侍女達が住む屋敷とが連なっている。
他にも神事(風龍様に祈りを捧げる)を執り行う社、風龍様に謁見する屋敷、禊を行う場所……と、細かく分かれている。
神事を執り行う社で巫女は一日中、風龍様に祈りを捧げて、風龍様から受け取った力を己の身体を通して外界へと送り続けて、平和を維持し、秩序を保っている……と、いうとても大切なお役目を担っている……いわば、上界と外界を結ぶ要のような場所……と、言ってもいい。
外界は人間達が住まう場所。
四つの国それぞれに龍神様を祀る神社または神殿があって、その神社の巫女または神殿の聖女は代々、十七年にごとに成人の儀を迎えた十三歳以上の女性《もの》がそれぞれの国の龍神様の妻になるというしきたりがある。
何故、そういうしきたりがあるのか、と言えば……風龍様の力があまりにも強大なため、そのまま下界へと送り込むと下界が滅びてしまう可能性あるため……と、言われている。
それでは風龍様の庇護を受けることができない……。
風龍様の庇護を受けるにはどうしたらよいか、と考えたところ……その力を受け止めてから下界へと送り込めばいいのだと結論づけ、そのお役に相応しい人物が巫女だったという。
また、巫女のお役目が十七年というのは、さっきも言った通り……風龍様の力があまりにも強大なため、身体が持たない……と、言われている。
なので、巫女は巫女としての能力は勿論のこと、より健康体な女性が選ばれる。
私は風龍様が守りし国に生を受け、巫女の一人としてお役目を言い渡された。
そして、迎えた十七年後……巫女としてのお役目を果たし、形式に則って風龍様と離縁をして、外界へと返される日を迎えていた……。
「えっ、ちょっ……と、待って……風龍さま……って……龍じゃないの……⁉」
私を抱きしめ、至近距離にいるのは……紛れもなく人間の青年……。
と、いっても……形は人間だけど……見た目は人間とはかけ離れている……。
人間にしては白すぎる程の透き通った肌。
透明でキラキラと光沢のある長い髪の毛。
切れ長い瞳は透明と思いきや……光の加減によってはやや水色っぽくも見える……。
すーっと引かれた眉毛に鼻筋の通った鼻、薄い紅色の唇。
服装は濃い藍色の生地に襟と袖口が漆黒。
細かな龍の文様が金色の糸で施されている|龍袍(りゅうほう)を身に纏っていた。
衣服の素材についての知識があまりなくてもひと目で上等な衣服だと分かる代物だった。
「いかにも。そなたが言うように常日頃は龍の姿だが……必要であれば、人間の姿にもなれる。すごいであろう」
そんな能力まであるの⁉ と、私はビックリしてしまったけど……それ以上に自慢気な表情をする風龍さまの横顔がちょっぴり幼く見えて……
クスッ……と、口許が緩んでしまった……。
「何を笑っておるっ!」
「あっ……ごめんなさい。あまりにも子どもっぽいな……って、思って……。風龍さまは私なんかよりもずーっと長生きで、大人だろうな……って、思ってて……そんな子どもっぽい姿が見られるなんて思ってもなかったから……」
あっ……!
つい、友達と話をするような馴れ馴れしい話し方しちゃってるじゃんっ‼ と、今更ながら気がつき、私は慌てて謝罪の言葉を口にする……。
「と、んだご無礼をっ……! もっ、申し訳ありませんっ‼」
「何がだ?」
風龍さまは理由が分からぬ……と、いった表情をして私を見た……。
そんな風龍さまの様子に私は戸惑いながらも懸命に言葉を伝えた……。
「……えっ、と……ですから……私……風龍さまに対して馴れ馴れしい話し方を……」
「そうか……? 余は全く気にならなかったが。むしろ…嬉しかったぞ。堅苦しい話し方はどうも苦手でな。そなたの喋りやすいように……好きに話せば良い」
あっけらかんと風龍さまが言いきった。
へぇー。
なんか、意外……。
風龍さまはもっと、こう……些細な無礼も絶対に許さない……そんな堅苦しいお方だとばっかり思ってた。
……ん?
ちょっと、待って……。
風龍さまに対してすごく無礼な態度(話し方も含めて)を取っちゃったけど……それよりももっと、ヤバいこと……してない……?
してる……よね?
私の頭の中では瞬時に風龍さまとのやり取りが鮮明に繰り返されると共に、ある一つの言葉も蘇っていた……。
ーー何があっても国を滅ぼすような愚かなことはするな…良いな?ーー
物心ついた時からずっと、神主様から絶えず言われてきた言葉で、それは巫女として私が守るべき掟……。
その掟は事細かに定められて、その一つに……
風龍さまの神聖なる力を汚さぬよう……
祭事の時のみ、あらかじめ決められている言葉を話すことが許され、それ以外の場合は例え婚姻関係の巫女であろうとも人間の分際で軽々しく風龍様に声をかけてはならないこと。
祭事の時に限り、風龍さまの姿を簾の越しのみでの謁見が許されていること。
もし、一つでも掟を破れば……風龍様は穢れ、力は弱まるどころか……この国自体が滅んでしまう……。
……私……いとも簡単にその掟を一つを破っちゃってる‼
サーッと、血の気が引いてゆく……。
ど、どうしよう……。
私……取り返しのつかないことを……。
「落ち着くのだ」
「お、ちつくのだ……って、これが、落ち着いてなんか……」
「大丈夫だ」
間髪入れずに風龍様が言葉を紡ぎ、私のことをさらにぎゅっ……と抱きしめて、じーーっと真剣な眼差しで見つめた……。
……キレイ……。
こんな時に何を思ってるんだ‼
……って、言われそうだけど……私のことを一心に見つめる風龍様の透明で澄んだ瞳を魅入ってしまったんだ……。
「……大丈夫……大丈夫だ……」
風龍様は何度も同じ言葉を繰り返した……。
それはまるで私に言い聞かせ、心を落ち着かせるように……。
言葉を紡ぎながら、風龍様が一方の手で私の背中をゆっくりと撫でた……。
「取り乱すきもちは分かる……。大丈夫だ。心の中に抱いておる思いや疑問は一つ、一つ余が答える故……心を落ち着かせて余の話を聞いてほしい……」
「……っ……」
風龍様のやんわりとした物言いと背中をゆっくりと撫でられる心地よさに不思議と私の心は落ち着きを取り戻していき……コクッ……と、小さく頷いた……。
私が心の落ち着きを取り戻すと……風龍様はそっと私から距離を取って、ゆっくりと話し始めた。。
「単刀直入に申せば……国は滅ばぬ」
「えっ……」
「掟を破ったことにはならぬ」
「……?」
……どういうこと……?
掟を破ったことには……ならないって……。
私は風龍様が言って言葉の意味が分からなくて……眉を寄せた……。
「何故、掟を破ったことにならぬのか……その理由は……」
ゴクッ……。
生唾を飲み込む……。
「十七年が経ち、巫女としての役目を終えた女性と、直接逢うこと、会話を交わすことは許されておる。それと…十七年が経つ前に余が巫女に話しかけると穢れてしまい、その役目をはたせなくなるため……一切声をかけることは許されてはおらぬ故……話しかけたくとも出来なかった……。姿もそのような理由があり、簾越しでの対面のみ許されておる」
「えっ……そうなのっ⁉」
私はずいっ……と、顔を近づけて風龍さまに尋ねていた。
「さよう」
やっぱり……人間の巫女だけでなく、風龍さまにも守るべき掟があるんだ……と、初めて知った……。
「そ、うなんだ……。良かった……」
……本当に良かった……。
私の軽率な行動で国が滅んでしまう……って、思ったら……すごく怖くて……。
私がホッと肩を撫でおろしたと同時に風龍さまが静かに言った。
「ただし……」
ほんの一瞬……ピリッと、空気がひりついた……。
「……本当の夫婦としての契りを交わし、何があっても妻として迎えた巫女の寿命が尽きるまで生涯を共に生きなければならぬ」
「ーーっ⁉」
己の耳を疑った……。
な……に、それ……。
「……私……そんな、掟……か、あるなんて……聞いたことない……」
……そうだよ。
聞いたことない……。
これまで一度だって……そんな掟があるなんて……神主様も他のお姉様達や親族の方々からも……聞いたことがない……。
掟があるなら……すべてを伝えられているはずだもの……。
何かの間違いではないか……と、風龍様の言葉を疑ってしまう……。
「そうであろうな」
「……?」
「あまり公にされておらぬ掟故…知らなくて当然のこと。そもそも龍と巫女が本当の夫婦になること事態……珍しいことだからなっ。特にこの国では……。例え、前例があったとしても……それは遠い昔のこと故……伝えておらぬやもしれぬ。
一度たりとて龍と巫女が本当の夫婦になったことがない国もあれば……数年……いや、数百年か……巫女と夫婦になる国や十七年後に巫女としての役目を終えた女性と次々に夫婦になる一夫多妻制が当たり前の国もある。まぁ……それぞれと、いうことだ」
「……全然……知らなかった……」
「知らなくて当然だ。その国の内情と言えば……内情。四つの国は他の国との外交(貿易)を積極的に行わず、よほどのことがない限り干渉しあわぬのだから……。ただ、余達龍同士はお祝いの席が好きな故にそういう報告は手紙にてすぐにやり取りをし、祝いの宴を催すから知っているだけのこと」
……それで種族は違うけれど、龍同士仲が良いってことなんだ……。
お祝いの席が好き……なんて、なんか人間っぼいな…って思って、私は勝手に親近感を抱いた。
龍と巫女が本当の夫婦になる……。
そんなことがあるなんて……考えたことすらなかった……。
「……もし……掟に従わなかったら……?」
「死する」
「えっ……」
「二人ともにな……」
「……っ……」
絶句するしかなかった……。
「脅す言葉にしか聞こえぬかもしれぬが……それだけではないぞ。まず、本当の夫婦にならなかったことで掟である十七年間という周期が狂い、風龍の守りし国の秩序が壊れる。滅びるまではいかぬが……どんなに早く次の風龍を決めたとしても……天災が長くても十七年間は起こり続ける……」
「……そ、んな……」
……掟……と、いう時点で私に選択肢なんてないじゃない……。
私はただ……これからの人生を自分の思うように生きたいだけなのに……なんで、どうしてこんなことになるの?
嫌だ、絶対に嫌……‼
でも、この国が……下界に天災が起こり続けるのもダメ……絶対にダメ……。
分かってるのに……すぐに納得出来ないよ……。
だって……私はこれまで決められた人生をひたすら歩くことしか許されなかった……。
それが巫女として、この世に生を受けた定めでもあるから……。
けど……巫女としてのお役目を終えたら……自分の人生は自分で決めよう……って、密かに心の奥で決めていたの。
巫女としてのお役目を勤しんだもの……全てこの先にある未来のため……と、いっても過言じゃない。
巫女としてのお役目を終えた巫女は直ちに下界の神社へと帰される。
その後……多くの巫女は名のある貴族の正室へと迎えられ、世継ぎ(男の子)を求められる。
それは少なくとも巫女としてのお役目を終えた巫女は風龍様の力が身体の中に残っており、より優秀な子を授かる可能性が高くなるから……。
さらに言えば……風龍様の力を宿した巫女は実年齢と見た目に大きな差があり、とても若く見える。
肉体はほぼ風龍様の下へ嫁いだ姿のまま……。
これも風龍様の力によるものだと考えられていて、どんなに巫女が歳を取っていようとも風龍様の力を宿した巫女を貴族達はこぞって求めている。
お役目を終えた巫女が名のある貴族に嫁ぐと神社には莫大な奉納金が納められ、子が女の子だと神社に引き取られ、巫女としての素質があるか見極められながら成人の儀まで育てられる。
巫女としての素質があれば、巫女としてのお役目を言いつけられ、中界へと入ることになる。
反対に巫女としての素質がなければ、侍女として神社もしくは中界で働くこととなる。
私は貴族になんか嫁ぎたくない。
まっぴら御免だ!
この身体に宿った風龍様の力を使って、一人静かに細々と暮らしていきたい……。
不思議と風龍様の力には治癒力があって、簡単な怪我なら手をかざすだけで治すことができる。
ただし、それで莫大な富を築こうとすればたちまちに風龍様の力は消え去る……。
巫女のお役目を終えて下界に帰され、そこで新たな生活をしているとはいえ……風龍様自身の力の一部を拝借している形になるのか、そういう悪用と思われることを行なうと直ちにバレてしまう(らしい……)
この力をお借りして、怪我をした人々を治療し、その治療代とちょっとした農業を行なって生きていけたら……もう何もいうことはない。
そう、抱いていた希望は儚く消え去ってしまった……。
「……どうして……私なの……?」
「……?」
「どうして……私なんかを……? これまでたくさんの巫女がお役目を果たすために中界へと入り容姿も巫女としての能力にも優れている女性がいたはず……なのに、どうして……容姿も巫女としての能力も平凡な私なんかと本当の夫婦になりたいって……本気で思ってるの?」
「……確かに、容姿も巫女しての能力にも優れた女性はいた」
ドクンっ……。
鼓動が大きく打ちつけた……。
ほら……やっぱり、いたんじゃない。
「じゃ、その女性を……」
「だが……余の心を虜にする程の魅力はなかった……」
「えっ……」
「余の心を虜にした初めての女性はそなた……楓花だけだ」
「ーーっ⁉」
ドキッ‼
不覚にも心が高鳴った……。
……そんなこと初めて言われた……。
「う……そ……」
思わず口から出た言葉に風龍様は真剣な瞳で真っ直ぐに私を見つめていた……。
「嘘ではない。簾越しではあったが……初めて楓花を目にした時……何とも気の強そうな巫女だ……と、感じた。十七年間を通して中身も相当気が強いことが分かったがな」
「……?」
「これまで余に対して物怖じせず、ハッキリと己の思いを物申す者は誰一人としていなかった…。余にとって楓花は実に興味深く、これから先もずっと一緒にいたい…そう、思っておった」
風龍様がすーっと腕をのばして私を優しく抱きしめた……。
「あぁ…夢のようだ…。今……こうして直接、抱きしめ、言葉を交わす日が来ようとは…。この時をどれ程…余が待ち望んでいたことか…。楓花よ…余と共に生きよ……」
「……っ……」
あまりにも唐突過ぎる風龍様の申し出に私は驚き、言葉を失う…。
「愛しておる…楓花…」
さらに強く風龍様が私を抱きしめた……。
「ちょっ、や……めて……」
えっ、なに…どういうこと⁉
思いもよらぬことばかりが起こりすぎて…全くもって状況が理解出来ない…。
私はとにかく風龍さまの胸の中から逃げ出そうと精一杯の力を込めて身動ぎして、抵抗するも…所詮は女性の力…びくともしない…。
「おぉっ! 照れておるのか…なんとも可愛や、可愛や」
私の額の方へと風龍さまが顔を寄せて、左腕で私を抱きしめたまま、もう片方の右手で頭を優しく撫でた。
「てっ…照れてなんかなーいっ! とにかく……離して‼ って、いうか……離れてっ‼」
力がダメなら、叫ぶまで‼
私は精一杯の大きな声を出して訴えた。
「やれやれ……」
以外にも(⁉)風龍様はあっさりと私から距離を取ってくれた。
「……いきなり……そんなこと、言われても……困る……」
「これまで話せなかったからな。すまぬ……」
……そう、これまで規定に則った言葉しか口にするが出来なかったから、風龍様がどんな想いを抱いて過ごしていたのか……知る由もなかった……。
自由に自分の想いを口に出来るようになった瞬間……話したくなる気持ちは分からなくもない……。
想いを寄せ続けている巫女と話が出来るとなれば、尚更……。
……ん?
ちょっと、待って……。
どうして、風龍様は
ーー余に対して物怖じせず、ハッキリと己の思いを物申す者は一人としていなかった…ーー
なんて、言ったのだろう……。
当然のことだけど……私だって、風龍様に直接会ったのも話をしたのも……今が初めて……なのに、どうして?
「心の声が聞こえるのだ」
「ーーっ⁉」
言葉を口にしていないのに的確な返答が返ってきて、私は心臓が飛び出るくらい驚いた…。
えっ…なんで、どうして…?
「中界へと入ってきた瞬間から巫女の心の声が聞こえるようになるのだ」
またも的確な返答にビクッと、ほんの一瞬……身体がこわばる……。
「風龍の力を受ければ受ける程、心の声は鮮明になる」
「ーーっ‼」
……って、いうことは……これまで私が心の中で呟いていた不平不満は全部、風龍様に聞こえてたってこと⁉
しかも、ほぼ筒抜け状態……。
私……風龍様に聞こえてないことをいいことに散々好き放題不平不満をぶちまけてたよ……。
それに心の声を風龍様に聞かれるなんて……聞いてない‼
話忘れてた……じゃ、すまされないよーー‼
そもそもそのことは外界にいる神主様達には伝えられてない……?
それとも、あえて伝えていないのか……。
そのどちらにしても……
マズい……。
非常にマズい……。
またもサーッと、血の気が引いてゆく…。
もう手遅れ……。
後の祭りかもしれないけど……今、私がやるべきことは一つ‼
「ご……ごめんなさいっ‼」
勢いよく頭を垂れて、謝罪の言葉を口にする。
「何故、謝る?」
「だって、私……とても無礼なことばかり……」
「そうじゃな。」
ニヤッ……と、風龍様は意地悪な笑みを浮かべた……。
やっぱり、相当根に持ってる感じ……?
ビクビクしながら風龍様の様子を伺う……。
「余は楓花の本音が聞けて良かったぞ! 面白かったし、嬉しかった」
「えっ……」
意外な言葉に私はビックリする……。
「他の巫女は大抵……余を恐れるか、恐れながらも必死に諂うかのどちらかだった……。そんな心の声を散々聞いて、余は心底ウンザリしておった……」
「……どうして……風龍さまは巫女の心の声が聞こえるの? 私は一切風龍さまの心の声は聞こえないけど……。それって…なんかズルい……。平等じゃない気がする……」
「そう言われたら……そうだな。 だが、これには意味があるのだ」
「……意味?」
「さよう……。巫女の心の声が聞こえるのは己を守るため……」
「……おの、れを守る……? 誰から?」
「人間からだ。」
「ーーっ⁉」
「反乱を恐れてのこと。いくら風龍の庇護の下、平和がもたらされ、世の中の秩序が保たれているとは故……決して逆らうことはないであろう……。だが、これから先……どんどん技術が発展していき人間達の暮らしが豊かになっていけば……それも分からぬ……。いついかなることが起こるやもしれぬ……龍である余さえも未来は分からぬのだ。そのために……巫女の心の声が聞こえるのだ」
風龍様は淋しそうな……やるせない表情をしてやや俯き加減に視線を足元へと落とした……。
「楓花の心の声が聞こえるのもあと僅か……。巫女としての役目を終えてしまったので、もうじき聞こえなくなる」
「そうなんだ」
良かった……と、心の底から安堵する。
「さて、楓花の疑問は全て解決したか? 解決したのであれば、行くぞ!」
「えっ、行くってどこへ?」
「どこへとな? 上界に決まっておるだろう?」
そう風龍様が言葉を紡ぐと、同時に私はまばゆい光に包まれたんだーー……。