「だが、忘れるな、会うだけでは済まぬことを……お前は対し治めなければならぬ」
「……はい」

 頷く日向に灯澄は少しだけ微笑んだ。おそらく会いたいのは日愛も一緒だろう。何より、自分たちも一日も早く日愛に日向を会わせてやりたかった。だが、今はまだそれはできない。そして、日向自身もよく理解してくれている。その覚悟に灯澄は微笑む。

「さて、ではまず明日からだな」

 食事の際に長く話すは好きではないが、一度だけ酒を口にあて灯澄は話を続ける――と、そんな時だった。

「お風呂の準備ができましたよ」

 途中で席を立っていた陽織は、居間へと戻って来ると三人へそう伝えた。話を聞こうと灯澄を見つめていた日向は陽織に視線を向けお礼を言いつつ、申し訳なさそうに謝った。

「ありがとうございます、お母さん。ごめんなさい。明日はわたしがします」

 こんな山奥であれば、当然ガスも電気もない。風呂に入るには、薪で火をつけ水を温めなければならなかった。その苦労を分かって手伝おうとする日向に、優しい子と改めて思い陽織は微笑んだ。

「いいんですよ。気にせず、日向は自身のことに備えなさい」
「お母さん……はい、わかりました」
「…………」
「まあ、明日のことは明日でよかろうよ灯澄よ。せっかくの皆での食事だ」

 話の腰を折られ、黙って再び酒を口にする灯澄に燈燕は笑い、難しい話はこれまでと日向へと言葉を続けた。

「そうだ、丁度良い日向。風呂に一緒に入らぬか」
「そうですね」

 一点の曇りも無く笑顔を向けてくる日向。その微笑に燈燕は困って陽織へ批判の声を向ける。

「……おい、陽織。姿だけではなく心まで女になっているではないか」
「ご、ごめんなさい。ですが、そうしなければならず……」
「ぁ……そうですね。ごめんなさい。わたしは男の子にならないと」

 母の言葉でようやく気付き、続けて謝る日向のその姿に燈燕は息をついて呟いた。

「困ったものだ、これでは男に戻らせるのも一苦労だな。……いや、男を教えていくのも、それはそれで面白いか」
「燈燕さんっ」

 燈燕の言葉に、怒る陽織。日向は、また意を分かることができずに二人を見つめている。
 そんな三人に、灯澄は内で息をつき冷たい視線を向け、

「修練は明日からだ。今日は、ゆっくり休んでおけ」

 静かに日向へと一言、ただそれだけを告げたのだった。