サァァァ――と風が葉を揺らし木々が囁く。
一片、二片と、遠くから桜の花弁も舞い流れてきていた。月の白き閃光が強くなっていく蒼黒の空の下、しばらくの沈黙が訪れる。奏でられるは小さな木々の話し声のみ。
日向は動かなかった。相手の力量が上だと知っていて迂闊に打ち込むことはしない。身体を緊張させ神経を研ぎ澄ませ――ということはなく、瞳に映った舞う桜の花弁に、ふと何故か身体の力を抜いた。きれい――と思い、表情も柔らかくする。
そんな日向の空気に、対していた二人の女の気配も変わった。表情がはっきりとは見えないが、驚いたような苦笑したようなそんな感じを受ける。そして、長い髪の女は姿勢を柔らかくした。戦う姿勢ではなく、自然体へと戻る。
「――なるほど、やはりお前もそうか」
長い髪の女の声。冷たく聞こえるが、その内には親しみを感じる声を響かせ、女は静かに日向に近づいてきた。
「似るものだ。姿形だけではなく、その内も、その心も」
「どういうことですか?」
戦いの気配が無くなったことを察し、日向も構えを解いて女を見つめた。徐々に分かってくる女の表情――その顔は声から感じていたように親しさを含んだものだった。
「すまなかった。お前の力を試したかった」
互いに触れられるほどの距離となり、日向は長い髪の女が蒼き袴を着ていたことに気付いた。
落ち着いた上品な袴に、長く綺麗な黒髪。白い肌と、刃のように冷たく鋭く感じる瞳。綺麗な女性だとすぐに感じた。綺麗で、強く、凛々しい女性だと。
「力?」
「ふむ、細いな。ちゃんと飯は食べておるか?」
日向の問いには答えず、変わりに後ろから明るい声が聞こえる。気付けば短い髪の女も日向の傍に立っていた。
「確かに似ているな。あれも歳のわりには若いほう……いや、幼いほうだったが。しかし、細いのまで似なくてもよいものを」
振り返る日向に、ニッと笑いを向ける短い髪の女。
深い紅の袴を纏い、波打つ短い髪に黒き瞳。褐色の肌。蒼い袴の女とはまるで反対の活力に溢れた力強い空気を持った女性。刃のような綺麗さではなく、燃える炎のような綺麗さといったらいいだろうが、そんな魅力を持っている。
「似ている、ですか?」
誰に――というのを含め、日向は三度問いかけた。蒼紅の二人に挟まれ、不思議と怖さはないが困惑だけが広がっていく。
だが、見つめて問いかける日向の言葉にはまた答えず、
「我らは、お前の母の古い友人だ」
蒼い袴の女はそれだけを話し、初めて優しく微笑んだ。