そして、考えること一時――風が頬を撫で、宝石の如く煌めく長い黒髪を僅かに揺らして蒼装束の女は静かに瞳を開く。

「ありのままでいえば」

 そう前置きして、蒼装束は話を始めた。静かにゆっくりと、言葉だけでなく真を伝えるように。

「ありのままでいえば、目覚めさせることはできる。動かすこともな。だが」
「だが?」
「目覚めた後にどうなるかは我らにも分からん。長く代を重ねてきたとはいえ、この赤子は天逆毎姫の血の濃い者。只の天狗でも、只の妖でもない。女の神に近い者だ。その力の強大さゆえに、長い眠りにもつく。それを無理に起こして、果たしてどうなるか。何も起こらねばいいが、悪ければ……」
「悪ければ、何が起こりますか?」
「暴れるようなことがあれば、我らにも手に負えん。周りに被害がでるに留まらず、加えて人死にもでよう。妖にも死ぬ者がでよう。天逆毎は天狗の祖とも言われるが、天邪鬼の祖でもある。それに手を出そうというのだ。害されて、その気分が治まるまでどれほどかかるか――この赤子の母御は、そんな性格ではなかったが、子のことになればそれも分からぬ。一時の害では済まず、大きな災害に見舞われることになるやもしれぬ」

 そこまで一気に話し蒼装束は一拍の間を空けた。そして、瞳を変え、言葉に力を込めて再び口を開き事実を日和へと伝えた。

「それを回避したいというならば、起こさずにおくか――寝かせたまま殺すしかなくなる」
「…………」
「だから、我らは起こさずに護ることにした。お前は……起こして、その後、この赤子を治めることができるのか」

 黙って視線を受ける日和に、蒼装束は覚悟を問うた。力を確認した。
 やる、という言葉は意味がない。必ず成すという現実を示して貰わねば意味がない。その覚悟を問う。
 蒼装束の言葉を、刃のような鋭い視線の意を日和は十二分に分かっていた。だからこそ視線を逸らさず全てを受け取り、ただ袖の拳だけをゆっくりと握る。