「茶を貰えるか」
「はい」

 顔を上げ微笑み、蒼装束から渡された湯飲みに注ぐ。

「悪いな」

 茶を受け取り、蒼装束は一口付けた。
 間を空けたかった。時はあるのだ、話を急ぐ必要はない。できうるなら、日和とはゆっくりと話をしたかった。性格的にも、日和は急ぐということは苦手のように見える。
 紅装束の女も口を挟まなかった。挟むべきではないと心得ている。そして、日和も話すことはなかった。蒼装束の言葉が分かっているからこそ、日和も容易に口を開くことはなかった。話しには流れと順がある。相手の意を汲むのも、話の礼であり作法であり一つの興だった。何より、日和には一言では言い表せぬ内があった。それを想い、含み、自らの内にしっかり落ち着かせるには多少の時が必要であった。

 ――そうして、しばらくのこと。

「十一家に何があった?」

 茶を飲み終わった後、その残り香を十分に楽しんでから蒼装束の女は静かに口を開く。

「ここ百年ほどは互いにいがみ合うこともなかった。行き過ぎたうつけを罰することはあっても、無用な戦いをすることはなかったはずだ。それが、今になってだ。今になって、十一家に不穏な影ありという。その影響でか、噂を信じ力を欲する妖が多くなった」

 蒼装束は湯飲みを再び脇に置き一時の間を空けた。そして、ゆっくりと、鋭く日和へと視線を向ける。

「一体、何があった」

 静かな口調に刃を忍ばせ日和へと問うた。本来ならば十一家と妖は敵同士。軽々しく内情を明かすわけにはいかないだろう。だが、そうだと分かった上で蒼装束は言葉の刃を向けた。逸らすことも誤魔化すことも許さぬように。

 日和は僅かな悲しみを湛え、瞳を伏せた。今までの事――といっても、それほどの昔ではない。たった一年ほど。その一年の事柄を思い出し、一言では表せない乱れる感情を静かに胸に反芻する。内に秘め、沈ませ、自らで清める。
 その一連の流れ――常に行っている心の整理に一時。そして、日和は蒼装束へと視線を向け呟いた。