母と子の抱擁はいつまでも続いた。
 例え夢の中だとしても、この一瞬だけだったとしても、それは日向にとって確かな母との抱擁。
 夢から覚めても、確かなものは心の中にすでに在る。

『生きて――わたしはあなたと共に、あなたは皆と共に――生きて、そして――』
「――はい」

 全ての言葉を聞かずとも分かる。共に居るのだから。受け継いだのだから。
 日向は誓いとともに応じ、そして――――


「――――」

 静かに瞼を開けた。
 ゆっくり身体を起こすと、そこは自分の部屋だった。一体、どれくらい寝ていたのか――鳥の囀りと、障子からは微かな光。朝の陽、朝の空気――だとすれば、学園長室で妃紗と話してから一日は眠っていたのか。

「――――」

 日向は自分の胸に触れた。僅かに残る確かな温もり――

(母様――)

 日向は心で呼びかけた。目が覚める瞬間、母は、日和は、自分の最後の言葉に微笑んでくれた。
 それだけでいい。その微笑だけで、残る温もりだけで、全て伝わったから。確かなものをもらったから。

「……ははさま」

 声がして、日向は自分の横へと視線を向けた。身体に触れる、暖かく、愛らしい幼き手。
 ずっと一緒にいてくれたのだろう。日愛は横で眠ったまま、日向へと手を伸ばしていた。
 ごめんね、と謝り、そして、伸ばされた手を優しく握った。

「ぅん……」

 安心したように、甘えるように、日愛もまた日向の手をきゅっと握り、そして、微笑む。
 愛おしい我が子に、日向はもう片方の手で髪をすき、頬を撫でた。

「共に生きましょう、日愛。みんなと共に、ずっと一緒に――」

 母との誓いの言葉をもう一度日愛へと紡ぐ。
 そして、日向は母と同じように日愛を見つめた。桜の花が咲き誇るように、優しく凛々しい微笑みを向けて。


 月隠ノ日向 終