ここから始まる。母に会い、受け取り、受け継ぎ……そして、一緒に歩んでいく。
全ては、ここから――――
「ありがとうございます、弥音様」
日向は微笑んだ。触れただけでまるで小春の日に包まれたような暖かさと、花咲くような可憐は優しさを受ける、凛とした微笑み。
常に笑顔の印象がある日向だが、それはずっと共にいた陽織でさえ見たことがない日向の本当の微笑みだった。
「ふふ、あなたは本当に……」
弥音は日向に釣られるように微笑み、そして、改めて姿勢を正すとその内にある想いを伝えた。その心底を、誓いを。
「日向さん、私たちはどこまでもあなたの味方です。今度こそ何があろうとも」
「ですが、弥音様……」
「いえ、いいのです。これは私たちが決めたこと」
それはまるで、あの時伝えられなかった言葉を、今伝えるように――弥音は日向を優しく抱いた。
「日向さん、あなたはあなたの思うままに生きなさい。私はあなたと共に生き、支えましょう」
あの時、どうしてこういえなかったのだろう。あの時、どうして共に生き支えるといえなかったのだろう――
だから、もう後悔はしない。
「――はい」
弥音の心に、想いに触れ、日向は頷き返事を返した。
あの時受け取れなかった心を、想いを受け取り、受け継いで――
「さあ、行きなさい。私は常に共に在ります。日向さんになにかあれば、すぐに駆けつけましょう。健やかに、元気に――」
「はい、弥音様もお元気で。また――」
お互いに「また」と確認して、日向は弥音から離れた。
足を踏み出し、庵を背に山道を降りていく。背に優しい視線を受けながら、日向は前を向いた。
「――それで、これからどうする?」
夕暮れは進み、空は紫に変わりつつある。白き月が見えているその空を見つめ、日向は足を止めて灯澄の問いに答えた。
「帰りましょう、家に」
「鎮守の森へか?」
「いえ」
日向は僅かに首を振った。
「わたしとお母さんが住んでいた家です。みんなでそこに帰りましょう」
全てはここから始まる。
わたしが、生きてきた場所から始める。
「わたしは、月代の世界にも、妖の世界にも入りません。わたしは、わたしから始めたいんです」
日向はにこりと微笑んだ。
「だから、帰りましょう。家に」
そして、日向は再び一歩踏み出した。