「――日向さん、こちらへ」

 部屋での一期の後、弥音に誘われるまま日向たちは屋敷の外へと出ていた。陽と風が通る屋敷の裏、山特有の澄んだ空気が身体を満たしていく中、少し離れた場所に一本の木が在った。
 大きくはない。だけれど、緑の葉瑞々しく、天に枝葉伸びるその姿は、元気に、そしてまた、生命に溢れていた。風にそよぎ、さやさやと揺れる仕草は舞っているようにも、謳っているようにも見える。

「桜の木です。のんびりなのか、花咲きが遅くて……少し前まではまだ咲いていたんですよ」

 弥音の言葉には優しさと……愛おしさがある。
 ……日向には、それだけで分かってしまった。弥音はここへ来させる為に、日向に会わせる為に呼んだのだ。

「この木を植えたのは十四年前……日向さん」
「……はい」

 日向は頷いた。頷き……そして、見つめた桜の木を。
 母の、標を。
 ぎゅ――と日愛が手を握る。日愛も分かっているはずだった。感じているはずだった。

「日和さんの……亡き身体は何とか救おうと。ですが、お墓を建てるわけにはいかず……だったら、日和さんらしい、日和さんが喜ぶ形でと、桜の木にしました。いつか、満開に咲き誇れるよう……」
「……ありがとうございます」

 日向は見つめる。
 サァァァァ――と風が鳴った。
 そこに、

「――――」

 ひらりと一枚。桜の花弁が舞った。
 忘れたように一枚残った桜花の一片。それは、まるで待っていたかのように。
 日向の元へと舞い降りた。

「――――」

 手にした桜の花弁をそっと包む。
 日向の目にはなにが映っただろうか。

「……ははさま」

 と、小さく呟いた日愛の声は誰を呼んだのか。

 日向はずっと見つめていた。桜の木をずっと――――


 ――月代へと行ったのは朝、それから大分時が経って、もう夕刻。
 陽が空を紅に染め、夕月も見える頃、日向たちは庵の門の前に立っていた。弥音、弥夜、弥卯も居る。

「日向さん、これを――」

 弥音が促し、弥夜は一つの包みを日向へと差し出した。

「これは?」
「日和さんの衣です。あなたが持っていてください――いえ、違いますね」

 弥音はくすりと笑うと、すっと日向を見つめた。

「お返しします、あなたに」
「――はい」

 日向は頷き、そして、包みを手に取った。
 弥音は詳しくはいわない。が、日向にはもちろん分かっていた。この衣は、この装束は母の最期に纏っていたもの。
 きゅっと握り……そして、胸に当てた。