月代の屋敷から大分離れた山の奥――

 隠士の庵のような、小さな平屋の一軒がひっそりとそこにあった。とはいえ、それも間違いではないのだろう。三尊月家当主の妻がいるというのに、結界も何もしかれていない。本当の隠れ家のようなものだろう。質素ながらも綺麗に、周囲の景色を壊すことなく一体として溶け込み、その姿を自然に佇ませている。

「さあ、こちらへ」

 弥夜は促し、先へと歩いた。近づいてくる屋敷――背は青々とした竹林が包み柴垣の中央の門が見えてくる。そこに、弥夜の姿を見つけ出てきたのか門前に姿を見せる一人の少女があった。

「お姉さま……良かった、無事にお会いできたのですね」
弥卯(みう)

 名を呼び、弥夜は安心させるように微笑んだ。

「三尊月弥卯。妹です」

 弥夜の紹介に、日向もまた弥卯に向かいにこりと微笑んだ。

「――――」

 その微笑に、少しだけ頬を染め……慌てて、弥卯は自身を紹介した。

「初めまして、三尊月弥卯と申します。あの……月隠日向様」
「はい、月隠日向と申します。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ」

 礼をする日向に、またも慌てて弥卯も頭を下げた。

「長く歩かせてしまい申し訳ありません。それぞれの紹介は家についてからにしましょう。こちらへ、母も楽しみにしております」
「ありがとうございます」
「さあ、弥卯も御案内して」
「は、はいっ」

 緊張した面持ちで弥夜と共に弥卯は先を歩き始める。
 サァァァァ――と風囁き、竹林が歌う。清廉な気が満ちた隠士の庵の門を日向たちはくぐった。

 屋敷に上がり、廊下を歩いていく。人の気配は感じられない――いや、おそらくは弥夜と弥卯、弥音の三人だけなのではないだろうか。それほどまでに静寂に包まれた屋敷の中。
 そのことで罠でないことは分かった。しかも、妖であることは分かっているはずにも関わらず、何もいわずここへと案内した。灯澄と燈燕は僅かに肩の力を抜き、考えを改めていた。
 そんな二人の気配を背に感じながら、日向はくすりを笑う。そんな内に、先を歩く二人が歩みを止めた。

「ここです」

 弥夜が一つの部屋の前に立ち止まると、その場に畏まり声をかけた。

「母上、お連れしました」
「――どうぞ、お入りになって」

 障子に閉じられた部屋の中から優しい声が聞こえてくる。弥夜と弥卯が座ったまま、静かに戸を開く。日愛と手を握ったまま、日向は歩を進めた。開いている戸まで歩き、そして、身体を向ける。