「日向」
母子の抱擁――その暖かで穏やかな時の流れる中、声をかけて写る影二つ。陽が照らす障子に写った二つの影は、中央へとくるとさらりと障子を開けた。
「……日愛、目覚めたか」
障子を開けて最初に入ってきた紅装束の女性。燈燕は少女の胸にある日愛を見つめ、驚きと、そして、深い安堵と嬉しさを込め呼びかけ呟いた。
「……ひなた?」
大きな優しさと安心に包まれ、またうとうととまどろんでいた日愛は燈燕の言葉に目をぱちくりとさせた。久しく会った燈燕よりも、そして、その後ろに居る灯澄よりも気になることがある。
その疑問とともに胸から見上げ、母を見つめた。
「日和ははさま?」
「…………」
その言葉に母――日向はにこりと優しく、そして、少しの寂しさも内に秘め微笑む。
「日愛……そやつは……」
「いえ、大丈夫です、燈燕さん。わたしがお話しします」
正そうとする燈燕を柔らかく制し、日向は見上げる日愛を撫でた。伝えなければならないことは知っていた。覚悟もしていた……けれど、迷いが全くないといったら嘘になる。
日和として日愛と接していくのは、それはしてはならないことだった。幼く可愛い子を騙すようなことは絶対にしたくない……だけれど、全てを伝え重荷を背負わせたくもなかった。
『わたしは、日愛の親となります』
灯澄と燈燕に誓った言葉。顔も思い出せない母へと日向は心で問いかける。母ならば、日和ならばどうしただろうか――
――日向は、撫でていた頭から日愛の頬へと手を触れさせ、優しく言葉を紡いだ。
「日愛、わたしは母……日和ではありません。日和は、わたしのお母さんになります」
「お母さん……?」
日向はにこりと微笑み、頷く。