とはいえ、知られたとしても、すぐには動かないだろう。様子見という点では、動きは妖よりも遅いに違いない。問題は、接して来た時だった。どういう文句で近づいてくるか。
 月隠は憎い。月代の本心では近づきたくはないだろう。だが、かといって妖に取られると気持ちが悪いというのも確かだった。敵にはせず、付かず離れず……あわよくば飼いたいというのが本音に違いない。

 いや、そうか――灯澄は思い直す。知られるのは妖よりは遅いかもしれないが、一度知ってしまえば様子見などせず、妖よりも先に接触しようとするに違いない。
 月代は、上首は月隠の敵。日向が妖へと傾き易いと考えているなら、一刻を争って会いに来るだろう。
 焦りもでるはずだ。初めの接触でこちらが月代になびく確実な『餌』を出してくるに違いない。だとすれば、釣り文句は何か――

(…………)

 月代の、上首の性分は知っている。抜け抜けと言ってくるだろう、「家の復権」だと。「罪」を流すなどと言って。
 勘違いも甚だしい。日向はそう考えてはいないだろうが、間違いなく月代は我らの敵。憎き相手――いや、否、否。

(情に流されるな、憎しみに染まるな)

 灯澄は内で自身に言い聞かせた。激情に流されれば、局面を見誤る。今が大事な時、冷静にならなければ日向を傷つけてしまう。

 ――「家の復権」などで日向の心が動くわけがないことは知っている。だが、日向は聡い子だ。我らが言わなくとも、敵になるつもりもないだろう。
 問題は、どういう距離をとるか。敵にも味方にもならない、それをどう月代に納得させるか。

 日向の願いは人と妖が争わず共に生きていくこと。しかし、それを訴えたとて到底理解などされない。いや、むしろそう伝えることで妖と対している月代は我らの敵となるが……とはいえ、敵対するのを恐れ、世辞を使い表を繕うは好きではない。利を量った駆け引きも。日向は、そんな対話の仕方は望まないだろう。