月明かり照らし、夜桜舞い散る縁側。
そこへ腰をかけ、盆にある切子の酒に唇を触れさせる。少し冷たい風は灯澄の長い髪を揺らし、頬に心地よく伝わってくる。冷えた夜は酒の味を際立たせる。
「…………」
ふっと内で息をつく。上手い酒だ。十四年経ってやっと飲めた心から美味い酒。そのことに心が安らいでいく。
こんな気持ちも十四年振り――長かったか、短かったか。日愛を見守り、燈燕と共に二人だけで過ごしてきた日々。
(日和よ……お前の子は立派になった)
考えた以上に……そうだ、日和と本当に似ている。日和も、我らの考えの上をいつもしてくれた。驚くたびに心が惹かれ、いつしか逃れられなくなり、それで、今はその子供にまで惹かれている。
悲しみは二度と起こさない……その誓いは十四年間些かも変わりはない。だが、嬉しくなる心も抑えきれなかった。果たして日向はどれほど大きくなるか、どれだけの人物になるか、それが楽しみでしょうがない。
「…………」
――美味い酒だ。日和も喜んでくれているだろうか。
日愛を助けるという願いを叶えるほど立派に育った日向。そして、今、日向を中心に昔の、日和と共に過ごした時のような月隠の日々に戻ろうとしている。
人と妖が共に生きていけるようにと願った日和の想いを日向が継いで――
――コト
と、切子を盆に置き、灯澄は内で苦笑した。感傷に浸っている場合でもないか。考えなければならないことは山ほどある。
冷たい風と舞う花弁を見つめ、灯澄は腕を組んだ。さて、果たして、
(この後、どうでるか?)
妖のほうは――遠からず、日愛が目覚めたことは広く知れ渡るだろう。結界が壊れ、力が溢れた。近隣の妖は、すでに気付いているはずだ。
問題は、日愛のことが知れ渡った後。それぞれが何を思うかは明確だった。当家に縁ある者ならば、その意味を知り喜ぶだろう。だが、ただ月隠のことを知るだけの者ならば月代十家に対して日向を利用しようと考えるかもしれない。
それ以外の者は、日愛を治めたことで我らの力を認め好意を持っている者もいるだろうが、恐れも抱いている者がいるのも間違いなかった。二分した感情が、果たしてどう動くか。何を生むか。