(……成程)
間近に迫る幼き童女。その瞳と空気に触れ、蒼装束は内で頷いた。今更ながらに、童女の名を思い出す。
壊そうと力めば力むほど、この童女の空気に染められていく。そのことに気付き、蒼装束は日和の両手を払いトッと距離を置いた。同時、日和も後ろに退いている。どれだけ自分に利があろうとも日和は無理に攻めることはせず、必ず一旦は退いていた。
違和感が解かれ、蒼装束は自身の身体を意識した。戦いをしているというのに春眠を誘うような暖かく柔らかくなる心と身体、そのことに苦笑し日和へと視線を向ける。
「そうだな……簡単に名を答えたことで忘れていた。月隠といえば、妙な力があったな」
纏っている衣を僅かに靡かせ、蒼装束は襟を直した。一呼吸を置きたかった。和みそうになる心を正し、姿勢を整える。全てを始めに戻し、戦いの感覚を取り戻す為に。
「癒滅の力。他の家とは違った特殊な術。対した者が少ない為、我らも知っていたのは術の名だけだったが……なるほど、これは珍しい」
癒滅の力――力を与えることで癒し、力を抜くことで滅ぼす術。身をもって受けたその術の力を確認するように向けた蒼装束の言葉に、日和は微笑みで返事を返した。
「……まったく、やりにくいのう」
蒼装束の変化に気付いていたのか、癒滅の力と聞いて紅い装束の女も困り顔で頭をかいた。
「力だけではなく、戦う気まで抜かれているようだ」
それに関しては蒼装束の女も同意だった。こちらの力を抜き治めることが癒滅が術の戦い方なのだろうが、この童女の場合はそれ以上のものがある気がする。日和の纏う空気は他を和ませ、力を抜くだけではなく逆に小春の陽の暖かさと柔らかさを与えられ包まれている感じがした。