――日愛を灯澄と燈燕に託し、陽織も部屋をでてから半刻ほど。
日和は日向を抱き、布団の上に座っていた。すやすやと眠る日向。母と子の二人きりの静寂の時間。
大切な大切な時――僅かな時間と分かっているからこそ。日和は日向の温もりを感じようとした。その呼吸も、肌の感触も。
頭を優しく撫で、頬に触れる――わたしは日向へ何もできていない、何も与えられていない、何も伝えられていない。
だからせめて、抱きしめた。温もりが伝わるように、気持ちが伝わるように。母のことが伝わるように、暖かさを忘れないように、寂しくならないように祈り願って――
「ごめんなさい、あなたには辛く苦しい重荷を背負わせることになります」
謝ることになお罪を感じながら、日和は囁いた。寂しくならないようにと願いながら、自分は我が子から離れることを決めた。それが、我が子のためにもなると信じ、覚悟もして。
だけれど――と、思う。この子が話せたなら、何というだろうか。わたしの母が、自分と同じ事をしようとしたなら、わたしは母へ何と言ったか――
後悔はなくならない。罪も――だけれど、きっと、自分の母も同じ事をしたはずだった。わたしが何を言ったとしても。
だから――願う。一念を込め、自分の命を込めて。
「どうか健やかに、幸せに――」
日和は――涙した。誰にも見せなかった涙を日向にだけ見せ、雫を零す。
「――日向」
日和は日向を抱きしめた。この夜の時がずっと続けばと願って――日和は日向を抱きしめ続けた。
――――――――――
――陽が白む早朝。屋敷の前には陽織を含め、月隠の者七名が並び立っていた。
今の家に居る女性は全て代々仕えている者ばかり、全てが日和よりも歳が上の女性達だった。
――日和様、私の祖母も母も月隠家に仕えて参りました。幸せこそ思え、不幸などとは思っておりません。
日和は微笑み、一人一人に深くお礼を伝え、そして、幸せを願って――一人、月隠の屋敷を後にする。
別れは告げず、微笑みだけを残して――