「ごめんなさい。どうかわたしの子を、日向を宜しくお願いします」
「っ……日和様……」
頭を下げる日和に、陽織もまた俯き涙を堪えることしかできなかった。枯れるほど涙したというのに、まだ雫は落ちる。止まることなく流れ続けていた。
「お約束します。必ず、必ず、日向様を幸せにしてみせます」
「ありがとう。でも、もう一つ、約束してください」
「ぇ……」
陽織に近づき、ソッと手を重ねた。顔を上げる陽織に視線を合わせ、願いとともに日和は微笑んだ。
「幸せになるなら、陽織ちゃんも。約束してください、あなたも幸せになることを」
「……はい、日和様」
涙に濡れながら、陽織も微笑む。悲しいのに微笑む、不器用な表情――昔から変わらないそんな陽織に日和は安心し重ねた手を離した。
後ろを振り返り、今までずっと我慢していた賢い子、愛しい幼子へと優しい眼差しを向ける。ごめんね、待たせちゃったね、と心で謝しながら。
そんな日和の視線を受け、幼子――日愛は可愛らしい声で小さく囁いた。
「……ははさま」
「日愛、おいで」
僅かな衣の擦れる音と共に、きゅっと抱きつく日愛を日和もまた強く抱きしめた。
「……ごめんなさい、日愛」
「どうして、ごめんなさいなの?」
胸の中で見上げ、日愛は不思議そうに呟いた。そんな日愛の頭を撫で――日和は、ごめんなさいの意味は伝えなかった。ずるく、汚いと分かっていても、伝えることができなかった。悲しみを背負わせるのはあまりに忍びなく――
「大好きだよ、ははさま。ずっとずっと、大好き」
日和の心が伝わったのか――日愛は自分の精一杯の言葉を伝え、再びきゅっと抱きついた。
「わたしもです。大好きです、日愛。ずっとずっと大好き」
日和の言葉ににこりと微笑み、もう一度互いにぎゅっと抱きしめ――――
そして、抱いた日愛の背中に掌を当て、日和は癒滅の術を施した。
「――――」
日愛は日和の胸に顔を埋め、静かな吐息を洩らしていき――やがて穏やかに眠りにつく。
悲しさも、寂しさもなく、母に甘えるように頬を摺り寄せ……ただ一つ、目尻に煌めく雫を浮かべて。