「わたしと一緒に行ってはいけません、弥音様。もし、三尊月家にも迷惑をかけることになれば……わたしはもう……」
「だから、貴女一人で行くというのですか」
「これ以上、悲しみを増やしたくはないのです。弥音様、お願いいたします」

 日和の強さと切実たる願い。覚悟と誓い――その全てを言葉に紡ぎ、日和は深々と頭を下げる。

「…………それで」

 暫くの沈黙の後――弥音は奥歯を噛み締め、身体を震わせ――流れる涙を拭いもせず、自らの気持ちを全てぶつけ声を上げた。

「それで、頷けるはずがないでしょう! 友人が害されるかもしれないというのに、黙って見ていろというのですか!!」
「弥音様」

 しかし、日和はどこまでも静かに――冷たくも聞こえるが、その瞳に嘘はつけず奥に悲しみを宿したまま、重ねて願う。

「友人といってくださるのなら、お願いいたします。わたしの気持ちを分かってくださる弥音様なら」
「っ……分かっています! 分かっているから……っ!!」

 弥音は立ち上がり、日和から背を向けた。もうこれ以上は我慢ができなかった。これ以上話せば、自分は日和の手を取り、無理やりにでもどこかへ逃がすだろう。日和の願いを聞かず、自分の家をも捨て、ただただ自分の情のままに。多くの犠牲がでると分かって。

 ――では、どうすればいい? どれが正しいのか、どれが救いなのか、幸せなのか――自分はどうすれば。

 弥音は身体を震わせ両の拳を握り、声を絞り出す。

「分かっているから…………私は…………っ」

 ――それ以上の言葉は出せず――弥音は障子を開け、日和の部屋を出て行った。
 陽に雫の粒を光らせながら――振り返ることなく。