――陽織が下がってから数分、
「お身体の具合はいかがですか?」
落ち着いた紫藤の着物を身に纏い、部屋へと入ってきた綺麗な長い髪の女性は日和の傍へと座り優しく問いかけた。
「大分、良くなりました。ありがとうございます」
「それは良かった」
偽りのない優しさと微笑みに日和も自然と笑みをこぼしていた。このことが二人の間をよく現している。親しい間柄であり、心を許している友人であることを。
月代第十席、三尊月家。その当主の夫人である、三尊月弥音。月隠家が十一家として席を賜るまでは、三尊月家が月代家の末席だった。
その為か、三尊月家は新しく末席となった月隠家のお世話をし、両家の親交は他の家と比べると厚く、特に互いに当主夫人だった弥音と日和は仲が良く、大小母様が存命の時などは二人で会うことは常のことであった。歳が上ということもあり日和は弥音を慕い、弥音も日和を妹のように可愛がっていた。
だからこそ――今、こうして日和に会いに来てくれたのだろう。おそらくは、上首の使いとして。
「お久しぶりです。長く御無沙汰してしまい申し訳ありません」
「お気にならさず。今こうしてお元気な姿を拝見できて安心しました」
「弥音様もお元気そうで何よりです」
「嬉しいことがあったからでしょう。元気になりました。こうして日和さんとお会いできて」
自然と弾む会話にお互いに笑いあった。
近況のことを――他愛はないけれど、二人にしてみればいつも通りの話をしていると、陽織がお茶を運んでくる。お礼を伝え、一口、お茶を口にし弥音はほっと息をついた。陽織はすでに下がり、部屋には日和と自分との二人だけとなっている。
コトリと湯飲みを置き、弥音は会話の中に生まれたしばしの沈黙に身を委ねた。心地のいい静寂――澄んだ空気、遠くに聞こえる鳥の啼く声、葉が囁く風の音、障子から射す陽の閃光――
その全てが日和の宿す空気によるものだと弥音は知っていた。日和と接するからこそ感じれる自然の息吹――光、声、鼓動。
変わらぬその空気に弥音は自然と微笑んでいた。日和は本当に変わっていない、初めて会った時から少しも――悲しいくらいに。